ストックホルム世界水週間2026 「アジアにおける気候レジリエントで公平な水の安全保障に向けたWEFEネクサスの実装」 セッション開催報告(2026年8月24日開催 ハイブリッド形式)

1.   セッション概要

本セッションでは、アジアにおいて、水・エネルギー・食料・生態系(WEFE)ネクサスを、確立された政策概念から具体的な実践へとどのように移行させるかを議論した。

2011年のボン・ネクサス会議以降、ネクサスは政策的な枠組みとして広く認識されてきた一方、実際の計画、ガバナンス、資金調達、投資は依然として分野別に行われることが多い。人口増加、食料・エネルギー需要の増大、都市化、気候変動などにより水資源への圧力が高まる中、こうした分野横断的な課題に対応するためには、ネクサスを実際の意思決定や投資に組み込んでいくことが求められる。

本セッションでは、統合的な評価・意思決定支援、流域ガバナンス、投資、自然を活用した解決策(NbS)、エビデンスに基づく政策形成など、ネクサスを実践につなげる具体的なアプローチを、各地域の事例を通じて検討した。

モデレーターを務めた国際水管理研究所(IWMI)のNovaira Junaid氏は、「問題はネクサスという概念が妥当かどうかではなく、なぜこの概念が枠組みやパイロット事業から、主流のガバナンスや投資へと移行することに苦戦してきたのか、そして次の15年に向けて何を変える必要があるのか」であると指摘した。

これを踏まえ、各スピーカーによる事例共有と議論を通じて、①ネクサスの実装を可能にする要件は何か、②包摂的な意思決定を通じて分野間のトレードオフをどのように管理するか、③他地域で再現・拡大可能なアプローチは何か、という3つの問いを中心に議論を深めた。

2.主な成果・教訓

各事例から、WEFEネクサスの実装には、データ・エビデンス、分野横断的なガバナンス、統合的な投資、地域主体性、デジタル技術等を相互に組み合わせることが重要であることが示された。また、単に分野間の相互関係やトレードオフを把握するだけでなく、それを実際の意思決定、投資、制度・行動の変化につなげることが、ネクサスのスケールアップに向けた共通の課題として浮かび上がった。

① データとエビデンスを「意思決定」につなげる

WEFEネクサスを実装するための第一の条件は、分野間の相互関係やトレードオフを可視化し、実際の意思決定に活用できる形にすることである。

IWMIのMohsin Hafeez氏は、パキスタンのインダス川流域を対象に、流域全体の水配分を追跡する空間シミュレーションとデジタル意思決定支援ダッシュボードを紹介した。上流の貯水池から下流の農地まで水がどのように配分されるかを可視化することで、地下水不足等のリスクを把握し、作付け転換などの政策判断をエビデンスに基づいて行うことが可能になる。

また、FutureWaterのTania Imran氏は、FAOと連携して開発したExcelベースのWhatNexをモンゴル・トゥーイ川流域に適用した事例を紹介した。水会計とシナリオ分析を用いて、ある資源問題への対応が他の分野に及ぼす影響を定量的に示し、ウランバートルでは、地下水利用の拡大により水不足を36%解消できる一方、揚水に必要な電力需要が273%増加する可能性を示した。これにより、水問題への対応が別のエネルギー問題を生み出す可能性を具体的に可視化した。

これらの事例から、ネクサスにおけるデータやモデルの役割は、単に分析結果を提示することではなく、複数の選択肢がもたらす結果を可視化し、関係者がトレードオフを理解した上で意思決定できるようにすることにあることが示された。

② 分野横断的なガバナンスと地域主体性を形成する

データや科学的分析だけでは、ネクサスは実装できない。異なる分野・主体が共通の課題を認識し、トレードオフを調整するためには、信頼、対話、制度、地域主体性が不可欠である。

日本水フォーラムの朝山由美子は、吉野川流域を事例として、IWRMを基盤に、予測的・適応的な意思決定を取り入れた多機能な流域ガバナンスへの発展を紹介した。継続的な水文データの共有を通じて水利用者間の共通認識と信頼を形成するとともに、渇水時には、すべての利用者に一律の削減を求めるのではなく、歴史的な水利権や社会的役割を踏まえてリスクと負担を分担する仕組みを構築している。また、予測情報やリアルタイムデータを活用したダム運用や事前放流により、不確実性の下でセクター間のトレードオフを調整している。

この事例から、WEFEネクサスの実装には、制度化された協働、共有されたデータ・科学基盤、公平なリスク分担、予測・適応的な運用が重要であることが示された。WEFEはIWRMに取って代わるものではなく、IWRMを基盤として、気候変動下のリスクとトレードオフに対応するガバナンス・プロセスをさらに発展させるものと捉えることができる。

③ ネクサスを具体的な投資につなげる

ネクサスをパイロットや分析にとどめず、実際の変化につなげるためには、トレードオフを特定するだけでなく、統合的な投資判断と資金動員につなげることが必要である。

ADBのTanya Huizer氏は、バングラデシュ政府が承認したYamuna-Dhaka River and Canal Integrated Development Initiativeを紹介した。河川・運河の再生を単独のインフラ事業としてではなく、水管理、農業・漁業、生態系、地域の生計、交通、経済開発を連携させたプログラム型・回廊型の投資アプローチとして捉えている。

同イニシアティブでは、WEFEネクサスを「診断→調整→資金調達→モニタリング」の4段階で実装する。優先課題や投資案件を診断し、省庁、セクター、開発パートナー、政府の各レベル間で調整した上で、複数の投資を戦略的に組み合わせ、河川システムだけでなく、そこに依存する人々や地域社会も含めて成果をモニタリングする。

この事例から、WEFEネクサスは、分野間のトレードオフを踏まえて投資の優先順位や組み合わせを設計し、複数の投資を一つの戦略的なポートフォリオとして実施するための枠組みとなり得ることが示された。また、こうした投資を実効性のあるものとするには、インフラ投資と併せて分野横断的なガバナンスと公平性を確保することが重要である。

④ 各分野を「負荷」ではなく「解決策」の一部として捉える

ネクサスにおけるトレードオフの管理は、単に負の影響を抑えるだけではなく、各分野や地域主体を解決策の担い手として位置付けることにもつながる。

IFPRIのClaudia Ringler氏は、パキスタンにおける持続可能な地下水管理の事例を紹介した。同国では、食料需要の増加に伴い地下水への依存が高まる一方、ディーゼルポンプから太陽光ポンプへの移行によって揚水コストが低下し、地下水枯渇を促すという新たなWEFEネクサス上の課題が生じている。

これに対し、ポンプの適正規模化、地下水モニタリング、地域的な規制、農家を主体とした共同意思決定などを組み合わせ、持続可能な地下水管理を進めている。インダス川流域では、地表水、地下水、降雨、灌漑、揚水が相互に連関しており、個々の農家にとって合理的な選択が、流域全体では地下水枯渇につながり得ることも示された。

一方、IUCNアジアのVishwa Ranhan Sinha氏は、バラク・メグナ川流域におけるNbSの主流化について紹介した。気候変動と土地利用変化による生態系機能の低下が、洪水だけでなく農業、生計、食料安全保障にも影響する中、NbSを個別プロジェクトではなく、土地利用を戦略的に誘導するためのツールとして位置付けた。

300人以上、20以上の政府機関が参加する取組を通じて、科学的エビデンスや空間情報に加え、インセンティブ、便益・リスクの共有、地域主体性、土地所有・利用権への配慮がNbSの主流化に不可欠であることが示された。また、NbSはグリーンインフラとグレーインフラの二者択一ではなく、地域の特性に応じてグリーン、グレー、ハイブリッド型の対策を組み合わせることが重要である。

これらの事例は、ネクサスの実装において、各分野を単に「水への負荷」として捉えるのではなく、適切な制度、インセンティブ、情報、協働の仕組みを通じて、農業、地域社会、生態系を解決策の一部に転換できることを示している。

⑤ 「既存システムの最適化」から「前提条件そのものの変革」へ

ネクサスをスケールアップするためには、既存のシステムをより効率的に運用するだけでなく、そもそも「何を最適化するのか」という意思決定の前提を見直すことも求められる。

IRRIのAnton Urfels氏は、南アジアにおいて、長年蓄積された農業・水利用データを、水文学、農学、経済学、農家の知識、AI・デジタル技術と組み合わせ、エビデンスを政策・現場の意思決定につなげる取組を紹介した。インド・ウッタル・プラデーシュ州では、夏季稲作による水利用を可視化し、リスクの高い地域で作付けを制限することで、年間の水利用を約25%削減した事例が示された。

ただし、単に水使用量を削減するだけではなく、地域の水文環境に適した作付体系と、農家にとって経済的に成立する農業を実現することが重要である。

この観点から、AIやデジタル技術は、既存の農業システムを効率化するためだけのものではなく、「利用可能な水をどのように最適化するか」から、「どのような土地利用・農業システムがその水環境に適しているのか」へと、意思決定の問いそのものを変える可能性を持つことが示された。

3.ネクサスの理念から実装・スケールアップへ

最後に、IWMI所長のMark Smith氏は、セッション全体を振り返り、ネクサスは最終的に到達する「状態」ではなく、分野間の相互関係を踏まえて意思決定を行う「仕事の進め方」であると整理した。

各事例を通じて、ネクサスを実装・スケールアップするためには、①データ・分析・デジタル技術によって分野間の相互関係とトレードオフを可視化し、②それを分野横断的なガバナンスと対話につなげ、③統合的な投資と資金動員に結び付けることが重要であることが示された。さらに、農業や生態系を解決策の一部として捉え、既存システムの効率化にとどまらず、制度や行動、意思決定の前提そのものを見直すことも必要である。

特に流域は、水、食料、エネルギー、生態系、土地利用等の相互関係が顕在化し、異なる主体による意思決定が交わる実践の場である。したがって、流域を単位として、科学・データ、ガバナンス、投資、現場の意思決定をつなぐことは、ネクサスを具体的な行動へ移し、他地域へ展開していく上で重要なアプローチとなる。

総括すると、WEFEネクサスの実装に必要なツールやアプローチはすでに多く蓄積されている。今後の課題は、それらを個別に適用するのではなく、地域の制度・社会・経済的条件に応じて組み合わせ、実際の政策、投資、現場の意思決定に組み込みながら、パイロットからより大きなスケールへ展開していくことである。

今後問われるのは「ネクサスを実装できるか」ではなく、「必要な実現条件をいかに組み合わせ、実際の意思決定と投資に組み込み、どれだけ速くスケールアップできるか」という点にある。

セッション共催機関

  • 日本水フォーラム APWF 事務局
  • 国際水管理研究機関(IWMI)
  • アジア開発銀行(ADB)
  • International Food Policy Research Institute(IFPRI):国際食料政策研究所
  • International Rice Research Institute(IRRI)国際稲研究所
  • フューチャー・ウォーター(Future Waters)
  • IUCN(国際自然保護連合)  アジア

プログラム

セッション紹介

ノヴァイラ・ジュナイド
IWMI パキスタン支部 社会経済専門家

開会挨拶

石井暁
ADB水・都市開発セクター局 戦略・パートナーシップチーム ディレクター

パートナー機関による事例紹介・Q&A

国際水管理研究所(IWMI)による事例紹介

モーシン・ハフィーズ博士
IWMI 戦略プログラム・ディレクター

APWFによる事例紹介

朝山 由美子
日本水フォーラム アジア・太平洋水フォーラム(APWF)事務局 チーフ・マネージャー

FutureWaterによる事例紹介

タニア・イムラン
FutureWater 水管理専門家

ADBによる事例紹介

タニャ・ハイザー
ADBシニア・ウォーター・レジリエンス専門官

国際食料政策研究所(IFPRI)による事例紹介

クラウディア・リングラー
IFPRI 農業・食料システムのイノベーションとレジリエンス担当ディレクター

国際自然保護連合(IUCN)アジア支部による事例紹介

ヴィシュワ・ランジャン・シンハ
IUCN 南アジア地域 水・湿地担当シニア・プログラム・オフィサー

国際稲研究所(IRRI)による事例紹介

アントン・ウルフェル博士
IRRIシニア・ウォーター・サイエンティスト

閉会挨拶

マーク・スミス IWMI所長

(報告者:朝山由美子 チーフマネージャー)

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