ストックホルム世界水週間2024セッション開催結果報告 「アジア太平洋における生態系の安全保障と水分野のレジリエンス強化のための説明責任」

ストックホルム2024アジア太平洋フォーカスセッション

開催日時:8月27日 ストックホルム時間11:00-12:30(日本時間18:00-19:30)
共催機関:APWF事務局・ユネスコ北東アジア局・JICA・IWMI・国連ハビタット・ADB

セッション概要

本セッションは、水関連災害リスク対策として、流域の持続可能な水資源管理と生態系保全のために、各地域の文化的洞察をデジタルソリューションを取り入れ、従来のアプローチや解決手法を飛躍させる方法について議論した。

プレゼンテーション

まず、UN-HABITAT, JICA, IWMI, ADB, UNESO北東アジア局から5人のスピーカーが、主にデータを活用した意思決定、利害関係者間の協力、持続可能な水管理への革新的なアプローチといったテーマに焦点があて、水と生態系の課題に対処する上でのデジタル技術、コミュニティの関与、科学データのそれぞれの役割について説明を行った。

アヴィ・サカル博士 UBS、東南アジア地域アドバイザー |国連ハビタット(UN-HABITAT)ラオス人民主共和国事務所長は「Echoes of Innovation: Synergizing Digital Technologies & Community Voices for Resilient Water and Ecosystem Security」と題した発表を行った。 サカル博士は、デジタルツールとコミュニティのインプットを統合することにより、ラオスの水と生態系のレジリエンスを強化する取り組みについて説明した。

ラオスでは、集落の約46%が毎年、主に洪水や干ばつの気候災害の影響を受けている。これらの災害は経済に大きな影響を与え、洪水だけで同国のGDPを3.6%減少させると予測されている。国連ハビタットが天然資源環境省と協力して実施した分析では、最も危険にさらされやすい集落が特定された。

国連ハビタット・ラオスのイニシアチブは、7つの州と12の地区で活動しており、課題に対処するための包括的なアプローチを採用している。データを検証し、地域の認識を脆弱性評価に統合するためのコミュニティとの協議に焦点を当てている。コミュニティの参画は、行動計画、能力開発、およびインフラを用いた解決策の中心である。気候脆弱性評価は、小さな集落から大都市まで、さまざまな規模で実施されている。データは、ツール、グループディスカッション、関係者との協議を使用して収集され、国勢調査や水文記録などの二次データと組み合わせて収集される。こうしたデータは、インフラのニーズを優先する市町村レベルのマスタープランと集落レベルのアクションプランに反映される。

このイニシアチブは、都市のあらゆるレベルの給水システムと湿地のレジリエンスを支援している。キャパシティ・ビルディングは、国、地方、コミュニティレベルで合理化されている。政府関係者向けのトレーニングプログラムは深い技術的知識に焦点を当てているのに対し、コミュニティは脆弱性評価と都市計画の基本に関する研修を提供している。湿地の再生は1,500ヘクタールに及び、給水システムは2025年までに20万人にサービスを提供することを目標としている。

このイニシアチブの主な影響は、都市計画と集落計画のシフトであり、気候変動を考慮し、部門間の協力を促進する統合的なアプローチを促進させる。このイニシアチブの長期的なビジョンは、コミュニティがプロセスで重要な役割を果たすことで、複数のレベルでの能力開発を通じてレジリエンスを構築することである。

この取り組みは、デジタル技術と地域の知識を統合して、気候脆弱性に対処し、インフラの強靭性を高め、持続可能で水に安全なコミュニティを構築につながっている。

JICA地球環境部大塚高広水資源第二チーム長は、JICA技術協力プロジェクトを通じて、ジャカルタの地盤沈下に対する合意形成と透明性の高い意思決定を可能にするために、衛星データを中心としたデジタルイノベーションの活用について紹介した。

過度の地下水くみ上げによって引き起こされる地盤沈下は、ジャカルタのような大都市で重大な問題となっている。ジャカルタ北部の一部が海面下にある沿岸地域では状況が深刻で、洪水が頻発し、インフラが被害を被っている。

ジャカルタの地盤沈下危機を受けて、日本とインドネシアの協働プロジェクトが開始され、東京の成功事例から得た知識をジャカルタのニーズに応用利用することができた。このプロジェクトは、知識の共創を重視し、インドネシアの政府関係者が完全に関与し、科学的証拠に基づいて決定されるようになっている。

衛星技術、特にLバンド波長の合成開口レーダー(SAR)は、広範囲の地盤沈下を監視するために使用された。2007-2010年と2014-2017年のデータを比較することにより、地盤沈下のパターンが特定され、最も影響を受けた地域が赤と黄色で強調表示された。衛星データと地上調査を組み合わせることで、地下水の取水が最も地盤沈下を引き起こしている重要な地域を特定することができた。

プロジェクトが始まる前、ジャカルタの関係者は地盤沈下の原因についてコンセンサスが得られず、効果的な取り組みを行えずにいた。セミナーを通じて共有された、地下水の汲み上げ量の削減や代替水資源の導入に関する日本の経験は、政策立案者の意識を高めるのに役立った。広域衛星解析と地上データを統合することで、地盤沈下ホットスポットを正確に特定し、情報に基づいた議論を促進し、関係者間での対策を調整した。

科学データは、透明性のある意思決定を促進し、効果的な解決策のためのコンセンサスを構築するために不可欠である。ジャカルタの地盤沈下対策への取り組みは、監視、計画、対策の実施に不可欠な衛星技術に支えられて、続けられている。衛星データと科学的分析の使用は、ジャカルタで地盤沈下に対処し、利害関係者の協力を促進し、情報に基づいた透明性のある意思決定を可能にするための重要なツールである。

ギリラジ・アマルナート博士(IWMI、災害リスク管理・気候レジリエンス担当主任研究員)  の発表、「No Water, No Security: The Imperative of Ecosystem & Water Resilience(水がなければ安全保障は成し遂げられない:生態系と水のレジリエンスの必須事項)」では、まず、水利用の複雑さが説明された。水が豊富にある地域もあれば、時期や規模によって水が不足している地域も存在する。効果的な水管理には、気候変動への適応と緩和の取り組みに不可欠な正確なデータ、特に水文気象データが必要である。このようなデータ収集システムの衰退は、レジリエンスと開発目標を損なわせるものである。

議論された重点は、大陸レベルから地域レベル、流域レベルまでの包括的な水会計フレームワークの重要性である。例えば、IWMIは、アフリカの大規模な河川流域に適用された大陸水会計フレームワークを開発し、農業、家庭、産業のニーズに対する水使用量の定量化に役立ててられている。また、ガンジス川の研究によって示された環境の流れ(E-flows)モデリングでは、人間の活動が水をどのように変化させるかを分析し、洪水抑制や水質浄化などの生態系サービスのための水のバランスに関する洞察を提供している。さらに、利害関係者の意見やリスク評価を取り入れた集水域レジリエンス指数を導入し、特に下流域課題の中で軽視されがちな上流地域の介入や必要な投資に優先順位をつけた。

アマルナ―ト博士は、水の強靭性への投資の対象が適切に絞られ、生態系の持続可能性と人間の安全保障につなげていくために、クロススケール、及びマルチスケールのアプローチ、制度設計の協力、科学に基づく解決策の必要性を強調した。

ADBの農業・食料・自然・農村開発セクターオフィスのシニアディレクターであるQinfeng Zhang氏は、「Natural Capital Assessments to Address the Climate-Food-Nature Nexus(気候・食料・自然のネクサスに対処するための自然資本評価)」と題し、アジア太平洋地域における気候変動、食料不安、自然損失の相互に関連する課題に取り組むために自然資本を評価することの重要性を強調した。

ADBをはじめとする国際開発金融機関(MDBs)による主要なイニシアティブには、自然資本の業務への主流化が含まれている。ADBは、生態系サービスの支払い(PES)や自然資本会計などの規制制度を含む自然資本の枠組みを導入している。また、地球環境ファシリティ(Global Environmental Facility)とグローバル農業・食料安全保障プログラム(Global Agriculture and Food Security Program)から5,000万ドルの初期投資を受け、自然資本への投資を拡大することを目指し、アジア太平洋自然資本基金(Asia-Pacific Natural Capital Fund)を立ち上げた。

米州開発銀行(IDB)や世界銀行などの組織と連携し、ADBは15カ国を対象に、水サービスと流域管理に焦点を当てた自然資本会計に関与している。スタンフォード大学と共同で開発された「Invest」ツールは、リモートセンシング、調査、環境モニタリングを通じて生態系サービスをモデル化し、自然資本の価値を評価するための重要なツールの1つある。

ADBはまた、上流と下流の利害関係者を統合して淡水、湿地の回復、持続可能な農業慣行、気候変動に強いインフラを強化する揚子江生態系レジリエンスなどのプロジェクトに代表されるような自然ベースのソリューション(NbS)も実施している。生態系補償金とPESの仕組みは、上流と下流のユーザー間でコストと便益を分担するというADBの戦略の中核をなすものである。

Qinfeng Zhang博士は、発表の最後に、スタンフォード大学と共同で使用された季節的な水モデリングツールの事例を紹介した。このツールは、降雨パターン、地下水の涵養、および生態系の持続的な水の利用可能性を解析することにより、生態学的流れを評価するのに役立つものである。このモデルは、河川流域管理、特に土地の劣化と水の安全保障の課題に直面している地域では重要である。全体的な目標は、自然資本への投資を改善し、持続可能な気候、食料、自然のネクサス管理の緊急のニーズに対処することを共有した。

UNESCO駐東アジア地域代表・北京事務所   Sharbaz Khan所長のシャバス・カーン博士は、オープンサイエンス、統合水資源管理(IWRM)、人工知能(AI)の活用におけるユネスコの役割を説明し、情報に基づいた意思決定に不可欠なデータと情報に対して、ユネスコが重要視している取り組みについて発表を行った。

カーン博士は、統合水資源管理(IWRM)の「スパイラル・アプローチ」は、特にNARBOやユネスコのカテゴリーIIセンターとの協力活動であり、さまざまな実施段階を通じてデータ、モデル、意思決定支援システムの重要性が高まっていることを浮き彫りにしていることを言及した。SDG 6を考える際、最も重要なつながりはデータと情報から始まり、次に能力開発、イノベーションの促進、健全なガバナンスの確立、適切な資金調達の確保へと続く。

カーン博士は 、デジタルツイン技術、AI、ビッグデータを使用して55,300以上の水道施設をリアルタイムで接続し、より良い意思決定を行っている中国の深センの事例を紹介した。他の例は、AIとモデルを使用して、特に灌漑地域において、水文学をスマートな水管理決定と統合することに焦点を当てていた。ユネスコは、衛星技術を水関連の災害管理と復興に結びつけ、一帯一路構想に関与する国々のデータアクセス性を向上させ、地球観測と水データでSDGsを支援している。

進捗状況は良いものの、特に降水量、地下水、河川流量に関する水データの品質に関しては、依然として課題が残っている。データの所有権、視覚化、意思決定に関する倫理的な懸念も根強く残っている。

そこで、2021年に加盟国によって承認されたユネスコのオープンサイエンスイニシアチブが重要な役割を果たしている。これは、デジタルデバイドを埋め、必要とする国々が基本的な科学技術にアクセスできるようにすることを目的としている。また、国境を越えた水管理を支援し、科学アカデミー、韓国の水省庁、大学等の主要な利害関係者を結集させたものである。

オープンサイエンスの取り組みは、現在、アジア太平洋地域で率先して行われており、中でも水は主要な重点分野となっている。私たちは、オープンインフラストラクチャの開発、知識提供者間の対話の促進、これらのイニシアチブへの社会の関与など、さまざまな面に取り組んでいる。

カーン博士は、IWRMに特化したオープンサイエンスとオープンデータのための更新されたガイドラインを公開する必要があるかもしれないと説明した。これらの既存のガイドラインは動的で、コミュニティによって積極的に使用されているが、新しいツールを効果的に活用する方法に関する知識を深めることが重要である。

人工知能(AI)は、国連総会の主要な焦点となった分野である。第78回会合において、先日、キャパシティビルディングに関する新たな勧告が承認された。ユネスコは、AIの倫理的影響に対処し、その責任ある適用を確保することに積極的に関与している。

AIは、特に国境を越えた水データ管理において重要な役割を果たしている。AIは、特にデータがまばらであるか一貫性がない場合に、データのギャップに対処するために非常に役立つ。

ユネスコはまた、特に「持続可能な開発のための国際科学10年」という位置付けで、オープンサイエンス、オープンデータ、人工知能に関連するイニシアチブに深く関与している。

カーン博士は、この地域への貢献の一環として、アジア太平洋水フォーラムのもとでオープンデータ、オープンサイエンス、および高度なツールに関するテーマに焦点を当てることを提案した。AIは、ChatGPTのようなプラットフォームで見られるように、テキストデータを活用し、複数の言語で新しいソースコードを生成し、生物物理学的モデルを強化している。

発表の最後に、カーン博士は、持続可能な発展を促進させるような責任ある水管理には、長期的なデータの利用が必要であると強調した。水文学者として、私たちは長年にわたってこの課題に取り組んできた。SDGsの達成まであと6年となった今、私たちは、災害管理、水の安全保障、社会のすべてのメンバーに対する透明性のある解決策の提供という文脈の中で、開かれた対話、水と河川の統合的な管理を促進し、複雑な水資源の課題に取り組むために協力しなければならないと強調した。

パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、UNESCO東アジア地域アジア事務所 杉浦愛氏がオンラインモデレーターを、筆者がオンサイトモデレーターを務めた。まず、聴講者からの次の質問に対応した。

質問1. 支援が必要な地域での河川流域管理計画を共有し開発するための既存の国際的・大陸横断的なメカニズムについて興味がある。これらの計画は、WASHイニシアチブなどの他の水関連投資の基盤として機能させるために、どのように共有されているか。

回答

  • ADBのQinfeng Zhang博士は、 我々はアジア太平洋河川流域機関(NARBO)のネットワークと積極的に関与していると回答した。私たちの主要な取り組みの一つとして、バリ島で開催された第10回世界水フォーラムでのNARBOの活性化は、河川流域組織と協力して彼らの経験を共有する方法の一例となっている。
  • ユネスコのシャバス・カーン博士も、統合流域管理ガイドラインを策定する際に、地域や世界中から河川流域の計画と良い取組事例を集めたと回答した。これらのガイドラインには、「成功の鍵」となりうる重要な概念が含まれている。例えば、マレー・ダーリング盆地の計画、インダス川の計画、インドやバングラデシュの河川計画は、さまざまな課題にどのように対処し、スパイラルアプローチをどのように採用したかを反映している。こうした情報は貴重ではあるが、一部は古くなっており、更新が必要になっている。ADBとNARBOは、河川流域機関の能力向上と構築を通じて、アジア太平洋地域において重要な役割を果たしてきた。NARBOは、ネットワークの強化と能力開発に重点を置いている。しかし、多くの国では、河川流域管理組織はまだ不足しており、水管理は伝統的な手法で行われている。ユネスコとグローバル・ウォーター・パートナーシップは、主な概念と最新のアプローチを導入することにより、水管理者の能力を構築する上で極めて重要な役割を果たしてきた。多くの計画と事例はすでに存在している。今こそ、その関連性を再評価し、最新の状態であることを確認し、新しいツール、テクノロジー、方法論、パラダイムを取り入れる時であると強調した。
  • IWMIのギリラジ・アマルナ―ト博士 も質問に回答した。過去4〜5年間で、IWMIは全世界流域モデルの調和と統合に成功し、オープンソースであらゆる機関がアクセスできるようになった。さらに、IWMIは最近、河川流域管理に関する約11冊の出版物を完成させ、書籍化した。国連レベルの取り組みでは、2年ごとにフォーラムが開催され、河川流域組織が集まり、現在のギャップと課題について話し合われている。これらのフォーラムは貴重な有益な意見交換となるが、これらの問題を包括的にレビューし、対処するための調和のとれたグローバルな枠組みが存在していない。一部の河川流域は社会政治的コミットメントを達成しているが、ほとんどの河川流域は、世界中で根強く複雑な問題となっている国境を越えた協力に関連する重大な課題に直面している。

質問2. ネパールの聴講者から国連ハビタットのアヴィ・サカル博士に質問がなされた。

さまざまな分析、コミュニティとの協議を行った後、気候変動に強い水インフラが設置された。ラオスで頻発する洪水や干ばつに対処するために、どのような形式の気候変動に強い水インフラに関する取り組みが実施されているのか?

  • アヴィ・サカル博士(国連ハビタット): 私たちは191のコミュニティで活動しており、そのうち189のコミュニティで活動を完了した。私たちが実装している技術的ソリューションは、集落ごとで異なる。例えば、一部の地域では、電気が使えないときにラムポンプを使って水圧を配水に活用している。また、別の集落では、重力供給システムに依存している。すべての分野で、コミュニティが水供給システムを持続的に維持できるようにすることに注力している。また、これらのシステムとその運用および保守に関するガバナンス構造にも取り組んでいる。私たちが観察した重要な課題の1つは、ラオスの一部の遠隔地の集落や新興の町では、水道インフラが設置後6〜8か月以内に機能不全になる傾向があることであり、これは憂慮すべき事項である。このような問題に対処するために、私たちは必要な技術者と技術的専門知識を持つ地元の都市水道事業者と提携している。水委員会やグループの設置など、コミュニティベースのアプローチは役立つ場合があるが、必ずしも必要な技術的インプットを提供するとは限らない。したがって、コミュニティの関与と並行して制度的な支援を受けることが重要である。最終的には、ガバナンス、テクノロジー、制度的サポートの組み合わせにより、さまざまなコミュニティのニーズに効果的に対応することができる。

質問3. 私は現在、世界水週間2024でボランティアをしており、越境河川管理に関する研究をしている。以下の質問は政治的な関係、国境を越えた水システムへの信頼、そしてオープンデータの必要性に関わるものである。多くの越境河川において、データの管理やその利用が現状維持の手段として用いられ、状況改善に向けた新たな施策や取り組みの未実施につながり、それが国家間の信頼関係の阻害につながることがある。しかし、国境を越えた河川データの共有を促進するには、相互の信頼が不可欠である。国境を越えた協力に対しては、科学的かつデータ駆動型のアプローチが必要である一方で、政治的要因がしばしばデータ共有を阻む要因となっている。 この科学的ニーズと政治的要因との間のギャップをどのように埋めることができるのか。また、国境を越えた河川管理において、事実とデータに基づく正確な情報を基にした行動を促すために、どのようにして政治的意志を高めることができるのか?

  • ユネスコ・シャバス・カーン博士からの回答: アムダリヤ川のような河川が直面する課題と同様に、越境帯水層を含むアジアやアフリカの他の多くの河川系も、データに関する深刻な問題に直面している。特に、ハイドログラフが急速に変化し、壊滅的な影響を引き起こす可能性がある緊急事態においては、リアルタイムの情報が不可欠である。しかし、国家間の信頼の欠如が依然として大きな障害となっている。そのため、「水外交」が極めて重要である。国連の政府間水文計画(IHP)や世界気象機関(WMO)、アジア開発銀行(ADB)などの金融機関、またアジア太平洋水フォーラムのようなプラットフォームは、コンセンサスと協力を促進するために取り組みを行っている。しかし、我々はまだ目標を完全に達成していないことを認識されなければならない。前向きな進展としては、リモートセンシング技術の活用が拡大している点が挙げられる。例えば、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発した世界の雨分布速報(GSMaP)のようなツールは、特に地上での測定が難しい地域における降水パターンの把握に重要な情報を提供している。また、IWMIのアマルナ―ト博士も強調しているように、これらの衛星技術と大規模なモデルは、災害リスク軽減や洪水管理においてデータのギャップを埋めるのに役立っている。国家間の信頼構築は、特にバングラデシュでの洪水のような直近の出来事を受けて生じた新たな問題が必ずしも信頼関係深めることにはつながらないため、継続的に取り組みを行っていく必要がある。我々は、透明性のあるデータと事実に基づく協力関係の構築を推進しなければならない。この点では、誤情報との戦い、メディアの役割、異文化間対話を促進するユネスコの取り組みも重要である。これらの課題に対する簡単な解決策は存在しないが、中央アジア、東南アジア、南アジアのいずれの地域においても、小規模な地域メカニズムを強化することが、進展の一歩となる。我々は、信頼と協力、そして人々と生態系への責任を共有する未来を目指して、引き続き取り組んでいかなければならない。
  • JICA大塚氏は、データの信頼度の重要性について強調した。科学的なデータは政治目的で利用されることがあり、それが問題を複雑にする可能性がある。したがって、科学的なデータだけでは十分ではなく、利害関係者間のコンセンサスを構築するための取り組みと結びついていなければならない。重要な課題は、科学データをどのように収集したかを公開し、それを受け共通の認識を得えられるかである。共通の認識を得ることは非常に重要であり、信頼と協力を育むために、科学データがどのように伝達され、活用されるかを慎重に検討する必要がある。

質問4. 現在、南アジアおよび東南アジアで実施されている生態系レジリエンスプロジェクトは、主に国際的な支援金を財源としている。しかし、こうしたプロジェクトに対して国内で資金を確保することには課題があるとされている。タイにおいては、こうしたレジリエンスプロジェクトに対する国の資金を確保するためには、その効果を明確に表す強力な測定基準と、証拠に基づいたプロジェクトの正当化が必要であるという指摘がある。しかし、これらのプロジェクトを財務部門に提示して理解を得ることは難しく、灌漑などのインフラプロジェクトがしばしば優先されるため、レジリエンスプロジェクトの優先順位が低下してしまう傾向がある。国の資金を効果的に確保し、この地域での復興努力を長期的に維持するにはどうすればよいか?

  • ADBのQinfeng Zhang博士は、ADBが中国、ベトナム、フィリピンでプロジェクトを実施した国々における規制の変更や自然資本会計を通じて、自然、特に水を評価することの重要性を強調した。フィリピンでは最近、自然資本会計法が施行されたことで、政府が天然資源の価値をより正確に評価できるようになり、水道料金の導入や水道サービスの資金調達が容易になった。自然資本と生物多様性保全の関連性も強調されており、英国の生物多様性クレジットなどのイニシアチブは、生態系レジリエンスへの投資を奨励している。フィリピンのサンミゲルコーポレーションは、生物多様性クレジットに支えられた流域サービスに投資する企業の一例である。規制の変更と自然資本会計は、NbSに投資するための不可欠なツールである。
  • カーン博士: 最大の課題は資金調達であり、各国は投資を大幅に増やす必要がある。同時に、環境と生態系を保護する上での企業の役割はますます重要になっている。誰もが果たすべき役割を持っている。また、水に関するSDGs目標達成状況は大幅に遅れをとっており、緊急に必要とされているものに対して適切な資金調達メカニズムをいかに実施するかが重要な課題となっている。

オンラインモデレーターの杉浦愛氏からの質問

1. ADB Qinfeng Zhang博士への質問:より持続可能な水管理の実践を行っていくための経済サービスモデリングと経済評価の統合に関する考えについてを伺いたい。

回答: 長江のケースでは、自然資本の重要性と、環境補償スキームを通じた中国の国家発展改革委員会との統合の重要性が示された。「Grain for Green」プログラムは当初、急斜面農業から湿地再生への移行に対して農家に補償を提供した。その後、自然資本会計、特に生態系総生産(GEP)を使用して進捗が測定され、成果報酬モデルが生まれた。Asia Pacific Natural Capital Labは現在、いくつかの国と協力して、エコロジカルサービスの支払いフレームワークを更新している。生物多様性クレジット制度のような新しいツールが導入され、自然を意思決定プロセスに統合することができた。

2. UN-HABITAT アヴィ サルカール博士への質問:コミュニティの関与と地域社会の関与の重要な役割に関する発表を聞いた。このプロセスで直面した主な課題、特にデータの収集から検証まで、地域社会との協力でどのような課題に直面したのか?。また、これらの課題にどのように対処し、克服したのか?

回答:コミュニティの関与において大きな課題に直面したことはない。財政的な制約が問題になることもあったが、コミュニティは参画によるメリットを確認すると、参画を熱望した。当初は参画に消極的だったが、水供給の改善などのメリットが明らかになると、積極的な関与するようになった。こうしたポジティブな効果も見られている。

3. IWMIギリラジ アマルナス博士への質問: プロジェクトで地域コミュニティと関わる中で、何か課題に直面したか。また、彼らの関与は具体的にどのような影響を与えたか。

回答: 私たちが直面している主な課題の1つは、プロジェクトの出口戦略である。コミュニティは、プロジェクトの中で次のフェーズへと移行する際にに困難が生じることがよくある。私たちは早期に彼らを参画させることに務めているが、調査によると、彼らの関与はプロジェクト後半の段階に限定される傾向があることが判明した。これは、プログラムやスキームが引き渡される際の問題につながる。例えば、水利用者団体でいうと、政府が管理・運営する制度は、一度引き渡されたコミュニティにとって運用が難しい場合がある。彼らのニーズは、政府主導のイニシアチブで想定されたものとは異なることがよくある。こうした課題に対処するには、最初からコ・デザイン・アプローチを重視することが重要である。さらに、土地の割り当て、透明性、環境影響評価の遅延は、プロジェクト全体の循環とその有効性に影響を与える可能性があることにも留意が必要である。

4. JICA大塚氏への質問:  ジャカルタの地盤沈下対策を推進させるため、政策改革や組織間連携の重要性をどのように強調しているか。

回答: 課題とコミュニティとの効果的なコミュニケーションを組み合わせることが重要である。科学的な分析は簡単だが、特にジャカルタの地盤沈下の場合、解決策の実現は難しい場合がある。例えば、重要なエリアを特定することはもちろん必要だが、工場による地下水の過剰利用などの問題に対処するには、さらに多くの取り組みが必要になってくる。地下水利用の規制は必要だが、そのためには利害関係者間の合意形成とコミュニティの理解が必要である。効果的な合意形成には、実際の地下水取水量などの衛星データと地上データの両方を含む正確な科学データが必要である。このようなデータは、現在の状況を理解し、共通理解の形成に役立つ。また、複数の省庁が関与しているため、政策改革や制度連携も重要であり、省庁間での共通認識が不可欠である。

5. UNESCOシャバス・カーン博士への質問: デジタル水管理ソリューションを実装する際の主要な倫理的考慮事項は何か、また、これらの課題とオープンサイエンスの原則やその他のアプローチとどのようにバランスをとることができるか。

回答: 水管理におけるAIなどのデジタルツールの活用機会の増加は、データの取り扱い、AIトレーニング、バイアス、コミュニティの信頼構築など、新たな課題をもたらす。ジャカルタの地盤沈下問題は、こうした懸念を浮き彫りにし、物事への視点、分析、経済的影響を慎重に検討する必要性を強調している。倫理的な問題、財産権、ソーシャルメディアの影響と誤った情報の流布が、状況をさらに複雑にしている。これらの課題に対処するには、倫理学者、経済学者、政策立案者が協力し、地域の状況や感受性に着目する必要がある。

セッションのまとめ

最後に、UNESCO北東東アジア局杉浦愛氏が本セッションを総括した。 私たちは、アジア太平洋地域における生態系の安全保障と水資源の強靭性を強化するために、革新的な技術を活用する方策について議論した。特に、意思決定プロセスにおいて地元の知識を活用し、データリテラシーとコミュニティの関与を取り入れることが重要である。効果的な水管理には、政府、学術・研究機関、市民社会、そして民間セクターが協力するマルチセクターなアプローチが必要である。

データを理解し、活用する能力の構築は、政策立案や投資において極めて重要である。信頼と説明責任を伴った、エビデンスに基づくコミュニケーションが必要性である。本セッションでは、倫理的配慮、オープンサイエンス、適応型管理に関する議論も行い、持続可能性を確保するための政策的・制度的支援の重要性にも焦点を当てた。

国連などの国際基準や勧告は、こうした取り組みを支援する手段となり得るが、依然として多くの課題が残されている。今後、協力して取り組むべき領域は多岐にわたる。

©水道新聞社

プログラム

セッション概要紹介 APWF事務局/JWFチーフマネージャー 朝山由美子

プレゼンテーション

  • 国連ハビタット:UBS東南アジア地域アドバイザ-/ラオス局長 Avi Sarkar博士
  • JICA地球環境部水資源第二チーム大塚高広
  • 国際水管理研究所(IWMI)Giriraj Amarnath 災害リスク管理と気候レジリエンスに関する主席研究員
  • アジア開発銀行(ADB)農業・食料・自然・農村開発室Qingfeng Zhang上級部長
  • 国連教育科学文化機関(UNESCO)駐東アジア地域代表・北京事務所 (北京事務所)Sharbaz Khan所長

パネルディスカッション

パネリスト: 上記スピーカー

モデレーター:

  • UNESCO 北京事務所杉浦愛 科学プログラム専門員

(報告者:日本水フォーラム・APWF事務局 朝山由美子チーフマネージャー)

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