ストックホルム世界水週間2022 アジアフォーカス「水循環管理」セッションの開催報告

 日本水フォーラムが事務局を務めるアジア・太平洋水フォーラム(APWF)事務局は、8月23日の日本時間20時(ヨーロッパ中央時間13時)より、「水―レジリエントで持続可能なアジア太平洋地域構築のカギ(Water: Key to a Resilient and Sustainable Asia-Pacific) と題した80分のセッションをユネスコアジア太平洋地域科学局、国際水管理研究所(IWMI)、日本サニテーションコンソーシアム、韓国水フォーラムと共催しました。本セッションでは、アジア太平洋地域の多様な事例を通じて、持続可能な人間開発、気候変動に対するレジリエンス、生態系の健全性を支える水の役割を探るための議論を行いました。
 冒頭、ストックホルム世界水週間アジアフォーカスセッション全体をリードした筆者が、APWFの概要、及び、セッションの開催趣旨を紹介したとともに、先日急逝されたAPWFマークパスコー議長に哀悼の意を表しました。

 Water Agencyインドネシア支部のCarina Lim氏、及び、ベトナム支部の Alice Mai Nguyen (Vietnam) 氏(ユース代表)が、地下水管理におけるユースのリーダーシップに焦点を当てた、ユネスコ・ウォーター・レジリエンス・チャレンジ2022の取り組みを紹介しました。2022世界水の日のテーマ「見えないものを可視化する」を反映し、チャレンジでは、この見えない水問題への意識を高めるミッションとして、地下水をフォーカステーマとして取り上げました。紹介されたのは、東南アジアの地下水課題で共通点を有するインドネシアとベトナムから選ばれた50人のユースウォーター・リーダーが、両国の地下水と生物圏保護区についてより深く理解してもらうと同時に、課題解決策を共有し合い、リーダーシップのスキルを高めることを目的に、対面とオンラインを活用した短期集中型の能力構築プログラムです。このプログラムは、ユネスコへの日本政府信託基金によってサポートされました。 Lim氏とMai氏は、ユースは将来の担い手であることを鑑みると、ユースを繋ぎ、対話を行いつつ、ネットワークを組織することは、課題解決の実践に大いに寄与することを強調しました。

 水の安全保障について知らない、もしくは関心がないユースにどうやって参画してもらうかというパネルディスカッションにおける質問に対し、Lim氏は、ソーシャルメディアはとても有力なツールだが、それだけでユースは参加してこない。彼らは更なる情報を知りたがっていて、現場からも学び、課題解決策を模索したがっている。大事なことは、どのような取り組みの中で対話が継続的に繰り広げられているかを示すことである。現場地域の人々の状況を知る機会をつくることで、地域の知恵を活かしつつ、どのような課題解決策が考えられるかを検討するようになる。そして何が実際の課題か見えるようになる。水の安全保障の概念を取り入れつつも、学術的・技術的になりすぎないよう、日々の生活と結び付けて、シンプルにわかりやすくしていくことも重要であると述べました。 Mai氏も、現場に訪問し、課題を実際に知ることが大事であること、及び、根本課題を理解してもらうために、複数の手段を通じて、様々な角度から学ぶ機会を提供し、水、及び水関連課題について着実に理解できるようアクティビティを工夫することで、見えない課題を見える化していく取り組みが重要であることを強調しました。

 国際水管理研究所(IWMI)の災害リスク管理と気候レジリエンスに関する主幹研究員で、開発とレジリエンスに対する水リスクに関する研究グループリーダーを務めているGiriraj Amarnath博士は、気候レジリエンスにおける水資源の役割の再考と題した発表を行いました。第1に、Amarnath氏は、水分野における気候レジリエンスを高めていくためには、多様なレベルで水ガバナンスを整え、意思決定の参加を促すこと、あらゆる人々がデータや情報にアクセスでき、学びの機会を得ること、水が果たす様々な機能を維持・回復しつつ、多目的に使用できるようにすること、インフラ技術を適切に活用し、脆弱性を低減していくことが重要であることを強調しました。そして、気候レジリエンスに向けた水資源管理に寄与するインフラと技術オプションの事例紹介を行いました。第2に、統合水資源管理の一環で渇水に対するレジリエンスを高めていく事例として、コミュニティが所有する資産を活かし、洪水被害の軽減と地下水の利用可能性の向上の両方を達成するのに有効な地下灌漑手法(UTFI)、及び、IWMIの研究プログラムClimBeR(Building Systemic Resilience against Climate Variability and Extremes)、及び、国の政策決定者による、気候変動適応戦略・計画を策定、実施、モニタリング、評価を支援する「ClimaAdapt-Gov Facilitation Planningの紹介」を行いました。 結論として、Amarnath氏は次を強調しました。

  • マルチレベル、マルチスケール、マルチセクターのアプローチを推進することにより、課題解決策を相乗させ、気候変動に対するレジリエンス施策を促進していくこと、
  • 水と気候に関する情報システムの構築に投資し、地域主導の気候変動適応策への投資を含む意思決定プロセスを改善すること、
  • リスク軽減のための資金調達と保険は、気候変動による水への影響に対するレジリエンスを高めるための相互補強的な手段である。
  • 水資源管理を中心とした気候レジリエンスプロジェクトは、あらゆる人々の創意工夫を生かし、デザイン、イノベーション、創造性を駆使して、制度的能力と気候変動への対応力の両方を強化することができる可能性がある。

 水の安全保障を高めるためには、様々なセクターからの参画が必要だが、どのセクターの参画において更なる努力が必要か、というパネルディスカッションでの質問に対し、Amarnathは、難しい質問であるが、食料の安全保障の観点からも水の安全保障について統合的な視点から関連する多様な利害関係者の参画を促すことが重要あると述べました。変革を促すためには、経済的インセンティブ、及び、制度・組織改革等、より一層ソフトの視点から取り組むことが必要である。また、持続可能性を維持するためには、自然を活かした解決策と結び付けた施策の提案が必要であると返答しました。

 日本サニテーションコンソーシアムの国際部門マネージャーのピエール フラマン博士は、「日本における下水再生利用を通じた健全な水循環管理施策:堺市の取り組み事例」の発表を行いました。第1に、日本全体の下水処理の状況を共有しました。日本では、非飲料水の再利用は1980年代から実施されており、2015年の統計では、年間に155億m3の排水のうち、2億1900万m3 が再生利用されていることに触れました。今後100年に排水が再利用される社会を構築するために、下水処理システムビジョンと政策を掲げ、国交省では水環境にも配慮した新世代の下処理システムの構築支援を行っていることを紹介しました。第2に、2020年に策定された水循環基本計画における下水処理の位置づけについて紹介しました。流域全体で公共用水の質を改善するために包括的な広域流域下水処理計画の策定、取り組み事例として、大阪府堺市が、イオンモール株式会社と関西電力グループで取り組んでいる「下水再生水複合利用事業」の成果を共有しました。そして、下水処理を通じた水循環管理事例から得られた教訓、及び今後として、次のことを発信しました。

  • 日本では、再生水は主に河川増水や景観灌漑に利用されている
    • 上水道のコストが再生水より安い地域が多く、再生水の利用はまだ限定的
    • 気候変動により、水資源や水利用量に新たな制約が生じることを鑑み、「2100年下水道ビジョン」を通じた新たなコンセプトと政策による下水再生水事業の推進
    • 下水再生水事業の統合(補助金で推進)、下水再生水のコスト・エネルギー低減技術の開発への期待
  • 水資源への影響を低減するために、下水再生水は有効な選択肢の一つで。 水資源への影響、水資源管理に関わるコストやエネルギーの削減、CO₂排出量の削減のためには、排水の再生利用が有効
    • 堺市を「環境モデル都市」として、下水再生利用による効果を示す実証実験。
    • 一方、商業ベースでは十分なインセンティブにならない可能性がある
    • 日本は2050年までにカーボンニュートラルを目指すと宣言していることから、課題が解決され、取り組みがさらに促進することが期待されている。

 排水処理に関する対策の優先度を上げるためには何が必要か、というパネルディスカッションでの質問に対して、フラマン博士は、まず必要なリソースを提供することが不可欠であるが、途上国の場合は、管理システムが継続的に適切に実施されるように能力開発の機会を提供しながら施策を進めていくことが重要であること、先進国においては、気候変動対策の視点、及び、エネルギーの視点からも施策に取り入れていくことが必要であると述べました。

 韓国・弘益大学環境工学部Jeryang Park助教授は、「韓国の水管理におけるレジリエンスの改善努力」と題した発表を行いました。第1に、ソウルにおける水管理評価を紹介し、なぜ韓国において、気候変化に対するレジリエンスを高めなければならないか、2009年から2012年に行われた韓国4大河川再生整備事業から得られた教訓をもとに説明しました。この事業は約17.3USドルを投資して実施されたが、レジリエンスに関する概念が欠如していて、水環境も大きく変わりました。 その当時、韓国では、水量管理に関することは、国土交通部、水質に関することは環境部の業務で、各部署ごとに水管理のゴールが異なっていたり、予算請求が重複するなど、問題が発生していました。

 第2に、気候に対するレジリエンス向上に向けた韓国の水ガバナンス体制の改善、及び、近年の対策努力を共有しました。韓国では、2018年にこれまでの水ガバナンスを見直し、国家水管理システムを環境部に統合し、一元管理をすることにしました。そして、韓国のレジリエンスを構築するために、水の安全性確保に向けた迅速な対応体制の構築、清浄水の供給と新たな水の価値の創出、ダム建設なしで年間12.2億トンの水を確保し、今後30年間で合計12兆ウォンの経済価値を創出に努めることを定めました。また、2019年8月に、水管理枠組み条約に沿い、大統領が議長を務める水委員会を立ち上げました。この委員会は、国の水管理基本計画や水に関する重要な政策・課題の審議・決定、水に関する紛争を調停する役割を担っています。また、大統領府水委員会のもとに4河川委員会もそれぞれ構成されました。統合水資源管理政策に沿い、持続可能な水資源利用に向けて水資源を多様化する必要性も出てきたことから、各河川の統合水管理計画では、その施策も導入されたことに触れ、洛東江の事例を紹介しました。さらに、2050年カーボンニュートラルに向けて、韓国環境部は、設備の劣化や運転効率の低下を解消することで、水管理施設のエネルギー効率の改善、水力発電、浮体式太陽光発電事業を増やし、新・再生可能エネルギー利用の拡大によるCO2排出量の削減、生態系に配慮した森林・湿地帯の創出によるCO2吸収源を強化する施策に着手していることについて共有しました。生態系に配慮した水路パイロット事業の対象地域を選定し、水質汚濁の改善と生態系の生息地の確保をめざすなど、自然を基盤とした解決策にも着手したことを共有しました。

 レジリエンスに対する投資を動員するためには何が必要かというパネルディスカッションでの質問に対し、難しい質問だが、重要なことは、政府および市民の理解を得ることである。将来の不確実性が伴うことに対してエビデンスを求められるが、コミュニケーションの改善に向けて、Park助教授は、自然を活かした解決策の視点からも研究に取り組んでいると返答しました。

セッション詳細
https://worldwaterweek.org/event/10392-water-key-to-a-resilient-and-sustainable-asia-pacific

(報告者:朝山由美子 チーフマネージャー(国際))

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