参加報告:2025大河フォーラム「世界の水安全保障と質の高い開発」

概要

2025年9月26日~27日にかけて、中国・武漢市で開催された国際フォーラム「大河文明:世界の水安全保障と質の高い開発」に参加しました。本フォーラムは、ユネスコ、武漢市人民政府、新華社通信ニュース情報センターの共催により行われ、20カ国・地域から40名以上の専門家が出席したほか、中国国内の主要大学・研究機関から約200名が参加しました。

特筆すべきは、水問題が環境・技術・インフラといった従来の枠を超え、「文明」や「文化」という哲学・人文学的視点からも論じられていた点です。こうしたアプローチは従来の水関連フォーラムにはあまり見られなかったもので、大変新鮮かつ示唆に富むものでした。

参加者の専門領域も多様で、技術者のみならず、社会科学者、文化人類学者、考古学者、博物館関係者、政策立案者などが一堂に会し、分野横断的な知見の交換が活発に行われました。

武漢の象徴性と意義

武漢は、中国最長の長江と最大の支流・漢江が合流する「河の都」として知られ、3,500年の歴史を誇る文化都市であると同時に国際交通の要衝でもあります。また、世界初の「国際湿地都市」に認定されており、環境保全と都市開発の調和をめざす先端的な都市です。

そのような地理的・歴史的背景を持つ武漢で、「大河文明」をテーマに国際フォーラムが開催されたことは極めて象徴的であり、都市自体が文化・文明の発信地としての存在感を高めようとしていることを強く感じました。

目的と全体的な方向性

フォーラムは、習近平国家主席が掲げる「人類運命共同体の構築」の理念を国際社会と共有することも目的の一つとし、長江流域の開発経験や水ガバナンスに関する知見を世界と共有する姿勢が強調されました。

会場では、新華社研究院による報告書『偉大な国家を育む雄大な川:新時代の長江ガバナンスの成果、洞察、そして世界的意義』が紹介され、参加者に配布されました。同報告書は、長江経済ベルトが生態系保護のモデルとしていかに機能し、イノベーション主導の発展を支えているかを詳述し、長江文化の継承、人と水との調和、そして流域全体での統合的なガバナンスの重要性を強調しています。

報告書では、新時代の長江ガバナンスに資する5つの科学的戦略――①生態系優先、②弁証法的統一、③地域協調、④共同建設・利益共有、⑤遺産とイノベーションの統合――が提唱されています。
また、長江の物語は、中国固有であると同時に人類共通の物語であり、自然との和解や持続可能な未来への道筋を示すものとして位置付けられていました。

オープニングスピーチ

UNESCOのク・シン副事務局長は、「河川は交易の道であり、技術革新の触媒であり、信仰の源泉であった」と述べ、水が文明と人類史を形づくってきた役割を強調しました。近年の干ばつ・洪水などの危機的状況を踏まえ、今回のフォーラムが参加者同士の協力を深め、新しいアイデアやパートナーシップの創出につながることへの期待を示しました。

また、インドネシアのジャウハリ・オラトマングン駐中国大使は、広く親しまれている歌「ブンガワン・ソロ」を引用し、河川が文化・交易・知の交流を支える存在であることを指摘。水安全保障は環境問題にとどまらず、持続可能な開発・健康・平和の基盤であるとの認識を共有しました。

Dr. Li Yuan Yuan, 国際水資源協会(IWRA)会長による基調講演

分科会での発表:「国家文化公園開発における河川文明の文化的表現」

午後のセッションでは、以下の3つの分科会とハイレベル円卓会議が開催されました。

  • 分科会 I:デジタル知能時代の大河文明の持続可能な発展
  • 分科会 II:国家文化公園開発における大河文明の文化的表現
  • ハイレベル・ラウンドテーブル:大河文明の生態系保護

筆者は、分科会 II にて「生きた文化的景観としての日本の国立公園」をテーマに発表しました。日本の国立公園制度の特徴、特に地域と共に自然を守り活かす「地域自然公園制度」を紹介し、木曽川・長良川・揖斐川流域の木曽三川国営公園を事例として、輪中・水屋・堀田といった洪水文化が現在も地域社会に活かされている点を説明しました。

また、国・自治体・民間が連携して流域全体の価値を高める「流域エコシステム・ネットワーク」の取り組みを紹介し、中国の「国家文化公園」構想との共通点や、文化的視点を取り入れた流域管理の意義について言及しました。

筆者の発表時の写真

他文明との比較・交流セッション

長江・黄河に加え、エジプト、メソポタミア、インダス、ナイル、古代ギリシャ、アマゾンなど、世界の大河文明を対象としたセッションも開催されました。文明史的な観点から水と人類の関係性を捉え直す内容であり、博物館・教育分野との連携を視野に入れた取り組みとして大変興味深いものでした。
視覚資料を活用したプレゼンテーションも多く、参加者の理解を深める効果が印象的でした。

閉会式:武漢コンセンサスの採択

閉会式では、参加者一同が「大河フォーラム武漢コンセンサス」に合意しました。
コンセンサスは、

  • 文明間対話を促す交流プラットフォームの構築
  • 文明の発展トレンドに応じた世界の知恵の集約
  • 持続可能な開発への協力強化
    を柱とし、今後も多角的・分野横断的な協力を推進する方針を盛り込んでいます。

所感と今後への展望

今回のフォーラムは、水を「流域管理」「文化」「文明交流」の架け橋と捉え、長江と世界の大河流域との間に新たな対話の場を拓く意義あるものでした。

特に、水問題を「文明」という視点から再考することで、従来の技術中心の議論を越えた文化的・社会的・生態的なアプローチの重要性を再認識しました。水は単なる資源ではなく、文化を生み、人と自然の関係を形づくり、国際協力を支える存在であることを改めて実感しました。 本フォーラムで得た知見は、今後の業務において、流域ガバナンスや水文化の視点を統合するうえで大いに参考になるものであり、より広い視野で水問題に取り組む契機となりました。

(報告者:チーフ・マネージャー 朝山由美子)

お使いのブラウザーはこのサイトの表示に対応していません。
より安全な最新のブラウザーをご利用ください。