開催報告:ストックホルム世界水週間2025, アジア・太平洋フォーカス—アジア太平洋における早期警報

ー 科学と行動をつなぐ

開催日時:2025年8月26日  9:00–10:30 (ヨーロッパ中央時間)

見逃し配信はこちらからご視聴いただけます(YouTube)【言語:英語】:

セッションプログラム

セッション概要

アジア太平洋水フォーラム(APWF)事務局(日本水フォーラム) チーフマネージャーの朝山由美子氏が、セッション全体のコーディネーターを務めた。国連が主導する「Early Warnings for All(EW4All)」イニシアティブは、2027年までにすべての人がタイムリーでわかりやすく、行動可能な警報を受け取れるようにすることを目指している。 本セッションでは、アジア災害予防センター(ADPC)、オーストラリア水パートナーシップ(AWP)、国際総合山岳開発センター(ICIMOD)、国際水管理研究所(IWMI)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、韓国環境研究院(KEI)と共催。科学技術、及び、ガバナンスの革新を通じて早期警戒システムのギャップを埋めることをテーマとし、以下の2つの観点から、発表とパネルディスカッションを行った。

(1) 科学・技術・データ・宇宙利用の活用
(2) コミュニケーション・ガバナンス・地域参画・ジェンダー配慮・投資

集合写真

基調講演

世界気象機関のステファン ウーレンブロック博士にEW4Allの最新進展を報告して頂いた。

世界全体の進展状況:

  • これまでに55か国が災害リスク情報システムを構築。
  • 108か国が多災害対応型の早期警報システムを強化。
  • 45か国が携帯電話のセルブロードキャスト技術を活用し、警報の発信を実施。
  • 予防的行動(Anticipatory Action)枠組みの数は、2022年に比べて2023年には2倍に増加。

アジア太平洋地域の進展状況:

  • 災害による死亡者数の削減において、歴史的に大きな改善が見られたが、依然として曝露や脆弱性は高い水準にある。
  • 2024年には、極端な熱波、サイクロン、洪水、地すべり、厳冬など、多様な大規模災害が発生。
  • 優先的に支援対象とされた30か国のうち、ほぼすべての国が国内協議を実施し、実施ロードマップを策定、活動の展開を開始。
  • リスク知識の面では世界平均を上回る成果を示している一方で、予測、情報伝達、準備態勢の能力には依然として課題が残る。

ウーデンブロック博士は、これまでに大きな進展があったものの、「真にすべての人々にとって包括的でアクセス可能なシステムを実現するためには、さらなる行動が必要である」と強調した。

第1部:科学・技術・データ・衛星の応用 ― 発表と議論の概要

IWMI:科学と金融を結ぶ「早期警報から早期行動へ」

国際水管理研究所(IWMI)のギリラジ・アマルナス博士は、災害レジリエンスを強化するためには、「早期警報」「早期行動」「早期資金調達」を一体的に結びつけることが重要だと強調した。 アマルナス博士は、10年以上前に始まったこの取り組みが、近年ではパートナーシップと協働の深化を重視する形に発展していると説明。気温が1度上昇すると極端気象の強度が約7%増加すると指摘し、防災対策に取り組んでいる機関が連携して迅速に行動する必要性を訴えた。

アマルナス博士は、各国の水文・気象機関が衛星や降雨データを活用し、洪水、地すべり、干ばつ、熱波に対応するための早期警報トリガーやダッシュボードを開発していると紹介。早期行動計画は地方機関や人道支援団体と共同設計され、地域防災当局により承認された上で、準備・警戒・対応の3段階に沿って12分野に展開されている。承認後は、地方当局があらかじめ設定された資金メカニズムを活用し、災害発生前に用水路の修復や学校の安全強化などの対策を実施することができる。

さらに、データと技術の役割として、現在オープンAI規格を開発中であり、生物物理・栄養・食料価格・移住など多様なデータの統合や共有を促進していると述べた。このモデルはスリランカを含む11か国で検証され、地方主導の用水路整備や植樹、SMS警報などに応用されている。今後は、ジェンダーと社会的包摂を重点課題と位置づけ、国際機関や関係者と協力し、国連事務総長の提唱する取り組みを現場レベルの包括的な行動に転換していくことが重要だと強調した。

ADPCによるアジア太平洋での実践的取組

アジア災害予防センター(ADPC)のセナカ・バスナヤケ博士は、約40年にわたる同センターの活動を紹介し、アジア太平洋地域における早期警報システム強化の中核的役割を説明した。

  • 第1の柱:リスク知識(Risk Knowledge)
    南アジア・東南アジアで、災害リスク評価を国家・都市レベルで実施。バングラデシュやベトナムでは、将来のハザードシナリオを踏まえた詳細分析を行い、長期的計画策定を支援。
  • 第2の柱:予測(Forecasting)
    ミャンマーの水文局とノルウェー気象局の協力により、「Diana」や「WRF」といった可視化・モデリングツールを導入。
  • 第3の柱:情報伝達(Dissemination)
    インド洋・南シナ海地域向けのストームトラッカーを開発し、定期的な速報を各国当局に提供。
  • 第4の柱:備えと対応(Preparedness and Response)
    避難訓練、シェルター設置、シミュレーション演習など、地域防災力の向上を支援。

さらに、ADPCはこれらをインパクトベース予測と統合し、カンボジア・ラオス・ベトナムで多層データを重ねた意思決定支援システムを開発。人口密度やリスクレベルを色分け表示し、警報と具体的行動を直結させる仕組みを構築した。バスナヤケ博士は、これらの統合的アプローチにより「早期警報を実際の行動に結びつけ、地域社会を守ることが可能になっている」とまとめた。

JAXAの宇宙技術による防災貢献

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の沖理子博士は、宇宙機関としてのJAXAの貢献を紹介し、早期警報と防災準備を支える2つの衛星ツールを発表した。

1.GSMaP(全球降水マッピング

  • 毎時、10km解像度での降水量推定をリアルタイム提供。地上観測が乏しい地域で特に有効。
  • アジア太平洋を中心に160か国以上の気象機関が活用
  • 台風ヤギの追跡事例では、海上からの豪雨接近をアニメーションで可視化。
  • 25年以上の履歴データを用い、極端降雨(上位1%)の解析や、WMOの「宇宙ベース極端気象監視プロジェクト」への貢献も。

2.Today’s Earth(地球水循環シミュレーションシステム)

  • 大学との連携で開発され、GSMaPの降雨データを基に全球規模の陸上水循環と河川挙動を予測
  • 2019年の台風ハギビスでは、実際の浸水域の90%以上を事前に予測。
  • 現在は10km解像度で稼働中、将来的には1km解像度を目指し、自治体レベルでのモニタリングを可能にする計画。

沖理子博士は、これらの衛星データをすべて無償で公開していることを強調し、各国の関係機関と連携して、早期警報体制のさらなる強化に取り組む姿勢を示した。

第1部パネルディスカッション:科学と現場をつなぐ協働―科学、技術、データ、宇宙の活用による早期警報強化

UNESCAPのレイラ・サラプール博士の司会のもと、第1部では「科学と現場の知を結ぶ協働」をテーマに、デジタル技術や衛星データの活用を通じて、多災害早期警報システムをどのように実践へとつなげるかを議論した。

サラプール博士は、科学的予測と地域知識の融合、そして国際的・分野横断的な連携の重要性を強調した。

IWMIのジリラジ アマルナス博士は、スリランカでの事例を紹介し、機械学習を活用した影響ベース予測により、貯水池管理やデング熱対策などが改善していると説明。さらに、データ共有と部門横断的な協力が今後の鍵になると述べた。

ADPCのセナカ バスナヤケ博士は、早期警報の持続可能性には政府主導の制度化が不可欠であり、「Early Warning for All(EW4All)」イニシアティブが各国の統合的アプローチを後押ししていると指摘しました。

JAXAの沖理子博士は、GSMaPやToday’s Earthといった無償公開ツールを紹介し、「行動につながる情報(action-ready information)」として、現場で使いやすい形での提供を目指していると説明。現場との継続的な協働とフィードバックの重要性を強調した。

これらの議論を通じ、参加者は科学技術の進展を現場の行動へ結びつけるための協働と信頼構築の重要性を共有した。

モデレーター:ESCAPレイラ・サラプール博士(オンライン)・ IWMIギリラジ・アマルナス博士

第2部:コミュニケーション・ガバナンス・地域参画・投資― 「誰一人取り残さない」早期警報システムの実現に向けて ―

モデレーターのタナポン ピマン博士(ストックホルム環境研究所アジア支部)の進行のもと、第2部では、早期警報情報を効果的に伝達し、地域社会を巻き込むための戦略を議論した。

第2部 プレゼンテーション

オーストラリア水パートナーシップ(AWP)のサラ ランサム氏は、太平洋島嶼国での早期警報プロジェクトを紹介し、多言語対応や脆弱層への配慮など、地域社会と共に作る「包摂的で実行可能な警報」の実践例を共有した。

韓国環境研究院(KEI)のキム イクジェ博士は、AIと衛星技術を活用した統合的水管理と洪水警報システムを紹介し、データ統合と省庁連携を通じて早期警報の精度と信頼性を高めていると述べた。

ICIMODのサスワタ サンヤル博士は、地域主体の「コミュニティベース洪水早期警報システム(CB-FEWS)」を紹介。住民による運営や越境協働を通じ、低コストかつ持続的な防災体制の構築を実現していると報告した。

IWMIのギリラジ アマルナス博士は、ジェンダー平等と社会包摂(GESI)の観点から、脆弱層を含む全ての人々に届く警報の必要性を訴え、制度・資金・データの統合的な枠組みづくりを提案した。

第2部パネルディスカッション ― 「すべての人に早期警戒を」

第2部パネルディスカッションでは、EW4Allの実現に向け、統合的なシステム設計、地域との信頼構築、ガバナンス、そして包摂的な協働の在り方を議論した。

WMOのステファン ウーレンブロック博士は、EW4Allの4本柱を基盤に、国レベルでの制度強化と資金動員を促進していると説明。

AWPのサラ ランサム氏は、GESIを初期段階からプロジェクト設計に組み込むことの重要性を強調した。

IWMIのギリラジ アマルナス博士は、科学データと地域知の共創が住民との信頼構築につながると述べ、ICIMODのサスワタ博士は、コミュニティ主導の洪水警報システムが上流・下流をつなぐ成功例を共有した。

このセッションを通じ、参加者は「警報を発すること」から「人々が行動できる仕組みを築くこと」へと視点を転換する重要性を再確認した。最後に、タナポン ピマン博士は「テクノロジーと実践的データを最後の一人まで届けることこそが、協働による防災の使命である」と述べ、セッションを締めくくった。

パネルディスカッション

2027年EW4All目標に向けた主要メッセージ

ストックホルム世界水週間2025 アジア・太平洋フォーカス
「アジア太平洋における早期警戒:科学と行動をつなぐ」における議論成果」

1. 早期警戒・早期行動・早期資金の連携

・レジリエンス構築には、予測・行動計画・事前資金調達の連動が不可欠。
・地方自治体と人道支援機関が共同設計した「早期行動計画」により、災害発生前に資金を動かす仕組みを整備(例:用水路修復、学校安全強化)。
・「No Regrets(後悔しない投資)」の原則により、災害発生の有無にかかわらず強靭性を高める。

2. 技術・データ・宇宙応用

・衛星観測(例:GSMaP, Today’s Earth)は予測精度と流域モデリングを強化。
・データを信頼できる形で活用するためには、地域関係者との継続的連携が不可欠。
・オープンで相互運用可能なデータ基盤とインパクトベースの予測が、部門間連携を促進。

3. ガバナンスと制度化

・政府の制度枠組みにEWSを組み込み、政治的支援と資金メカニズム(例:GCF)を確保することが持続性の鍵。
・防災、水、農業、保健、エネルギーなどの横断的統合が不可欠。
・国家基準に柔軟性を持たせ、地域ニーズに対応できる運用を確保。

4. 地域参加と包摂(GESI)

・地域主導・共同設計型システムが信頼構築と「ラストマイル」までの情報伝達を可能に。
・ジェンダー平等、社会包摂、障がい者支援を初期段階から統合し、予算と地域パートナーシップを明確化。
・伝統的知識と科学的予測の融合が理解と行動力を高める。

5. 持続可能性と長期的インパクト

・地域運営型の低コスト技術、多様な通信チャネル、流域単位の計画が長期機能を確保。
・事前資金調達・ロードマップ・制度連携によりプロジェクト終了後も強靭性を維持。
・国境を越えた協力・地域パートナーシップ・国際的な知見共有が先端技術を現場に活かす鍵。


まとめ:2027年に向けた行動の指針

・効果的なEWSには「技術 × ガバナンス × 地域参加」の統合が不可欠。
・信頼・包摂・共同設計が「ラストマイル」まで届く仕組みを支える。
・イノベーションと地域主体性、政府主導、そして公平な資金配分の両立が重要。

こうした取組を制度化・スケールアップすることで、EW4Allの2027年目標の達成が現実のものとなる。

(報告者:チーフ・マネージャー 朝山由美子)

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