開催報告:ストックホルム世界水週間2025 – アジア・太平洋フォーカス④

【ヒンズー・クシュ・ヒマラヤ(HKH)における気候レジリエントな水管理のための地域シナジーの活用】

開催日時:2025年8月27日 9:00–10:30(CEST)
共催:アジア・太平洋水フォーラム(APWF)、アジア開発銀行(ADB)、アジア防災センター(ADPC)、ICIMOD、IUCNアジア地域事務所、IWMI

見逃し配信はこちらからご視聴いただけます(YouTube)【言語:英語】:

セッションプログラム

目的

本セッションの全体コーディネーターで、アジア・太平洋水フォーラム(APWF)事務局/日本水フォーラムチーフマネージャーの筆者が、セッションの開会挨拶を行い、本セッションの開催目的を述べた。

ヒンズー・クシュ・ヒマラヤ(HKH)地域は「第三の極」と呼ばれるほど、世界でも極めて重要な水源地である一方で、最も脆弱な地域の一つ。氷河融解の加速、水文パターンの変化、そして洪水・干ばつ・氷河湖決壊洪水(GLOF)の頻発化などにより、地域の人々の暮らしや生計はすでに大きく変化している。こうした影響は山岳地域にとどまらず、下流域に暮らす約19億人の人々の水、食料、エネルギー、さらには生態系サービスにも広く及んでいる。

筆者は、これらの連鎖的な課題は一国単独では対応できないとし、科学外交と地域協力の重要性を強調した。そのうえで、国境を越えた信頼の構築、知識ギャップの解消、そして協働的な行動の促進が不可欠であると述べた。

本セッションの焦点として、以下の4点を提示した。

  • 若者や地域社会の積極的な参画を含む、協働研究とデータ共有の強化
  • ピークウォーター、不安定な降水、氷河湖決壊洪水などの重大リスクに対する、流域アプローチと自然に基づく解決策(NbS)の導入
  • HKH地域ならではの知見と科学的イノベーションを融合した、地域主導の適応策の拡大
  • 構想を現場での具体的行動へと転換するための資金およびインセンティブの動員

最後に、参加者に対し、「知見を共有するだけでなく、ここからより深い協力の可能性を見いだしてほしい」と呼びかけ、気候レジリエントなヒンズー・クシュ・ヒマラヤの実現には、流域と国を越えた連帯・イノベーション・信頼が不可欠であると強調した。

キーノートプレゼンテーション

APWF執行審議会副議長で、ユネスコ東アジア地域事務所所長のシャバズ・カーン教授がキーノートプレゼンテーションを行った。

カーン教授は、氷河の融解から数百万人の生活を支える河川流域に至るまで、HKH地域が持つ地球規模の重要性を強調したうえで、「科学と外交を通じて、いかに国境を越えた協力を強化できるか」という核心的な問いを提示した。

HKH地域は複数の国々にまたがり、約19億人がその共有水資源に依存していることから、その変化は地域にとどまらず、世界全体に影響を及ぼす。たとえば、上部インダス流域では夏期流量の45%以上が氷河融解由来であるが、その後退速度は従来の予測を大きく上回っている。この加速する融解は、水・食料・エネルギーの安全保障、さらには地域の平和と安定に深刻な影響を与えている。

洪水や干ばつ、集中豪雨、氷河湖決壊洪水、湧水の枯渇など、気候変動の影響はすでに顕在化しており、ブラックカーボンによる氷河融解の加速、森林伐採や土地劣化に伴う災害リスクの増大も報告されている。カーン教授は、「これらは2050年の未来の脅威ではなく、すでに現実に起きている問題である」と強調した。

さらにカーン教授は、「課題はデータの不足ではなく、得られた知識を行動へとつなげられていないことにある」と述べ、以下の主要な課題を挙げた。

  • 分断され高コストなモニタリングおよびデータシステム
  • 限定的な国境を越えたデータ共有
  • 氷河・地下水・降水・経済成果を統合するモデルの欠如
  • 政策枠組みおよび調整メカニズムの脆弱性

これらの課題に対応するため、ユネスコは194か国の合意のもとで、「オープンサイエンス」「オープンハイドロロジー(開かれた水文科学)」を推進している。カーン教授は、オープンサイエンスを先住民の知識、AI、最新技術と結びつけることで、流域管理、早期警戒システム、自然に基づく解決策(NbS)の導入を強化できると述べた。

最後にカーン教授は、各国政府、地域プラットフォーム、国連機関、そして若手研究者のさらなる連携を呼びかけ、次の力強い言葉で発言を締めくくった。

「状況はすでに緊迫している。2050年を待つことはできない。影響はすでに現れている。今、私たちが何をするかが、19億人の未来、そしてこの地域と世界の平和と安定を左右する。」

スクリーン:シャバズ・カーン教授(APWF執行審議会副議長、ユネスコ東アジア地域事務所所長)

パネルプレゼンテーション

・ICIMOD:HKH地域における科学プラットフォームとしての信頼と協働の構築

チャンゴン・ジャン博士(ICIMOD 気候変動・環境上級専門官/気候・環境リスクユニット長)
ICIMODは1983年に設立された政府間組織であり、8か国の加盟国と連携しながら、地域的な科学・知識の共有と協力促進のためのプラットフォームとして活動している。

ジャン博士は、HKH地域は、極地を除けば世界最大の氷体を擁し、10の大河の源流として19億人以上に水を供給している。その重要性は地球規模に及び、水の安全保障は、世界でも最も人口密度の高い地域の人々の生活と直結していると強調した。ICIMODの理念である「川を守り、未来を守る(Protecting our Rivers, Securing our Future)」は、こうした重要なつながりを象徴している。一方、意思決定がしばしば地域外で行われている現状に触れ、地域住民やコミュニティの声を反映させる必要性を訴えた。

HKHが直面する最大の課題は、「水が多すぎるか、少なすぎるか」という極端な状況であると指摘。気候変動によって雪氷の融解が進み、一部地域では洪水や高水位、他方では干ばつや水不足を引き起こしている。こうした水文の極端現象は、農業・食料安全保障・生計・経済に連鎖的な影響を及ぼしている。

ICIMODはこれらの課題に対し、複数のレベルで取り組んでいる:

  • 地域レベル:コミュニティ主体の洪水早期警戒システムやデジタル情報ツールを開発し、リスク地域の住民に迅速な情報を提供。
  • 国家・地方レベル:エビデンスに基づく政策立案を支えるデータ、ツール、知識プラットフォームを提供。
  • 地域・越境レベル:対話、ワークショップ、共同イニシアティブを通じて、国境を越えた協力体制を強化。
  • 国際レベル:山岳地域の視点と課題を、国際的な政策議論に反映させる。

ジャン博士は、最新研究を統合した科学的評価報告「HIMAP HI-WAYS」など、ICIMODの研究成果を紹介し、インダス、ガンジス、黄河などの越境流域管理の取り組みを強調した。ICIMODでは「災害知識ハブ」や「氷圏モニタリングハブ」などのテーマ別知識拠点を設立し、科学者がデータ共有や手法の標準化、共同研究を行っている。また、5か国の科学者を招いた地域対話も開催し、氷圏モニタリングに関する協力を促進している。

さらに、政策レベルでは、政策担当者や議員を含む「地域協力タスクフォース」を通じて信頼構築と対話を進めている。たとえば、ブータン政府が5億ヌルタムをグリーン開発に投資した事例は、科学的協力が政策転換を促した好例である。

ADPC:国境を越えるコミュニティ主導の洪水早期警戒システム

セナカ・バスナヤケ博士(アジア災害予防センター〔ADPC〕 気候サービス・プログラムリード)
バスナヤケ博士は、ADPCがルーテル世界救援ネパール支部と協働し、グローバル・レジリエンス・パートナーシップ(GRP)の支援で2017~2018年に実施した「HKH地域における越境洪水レジリエンス・プロジェクト」を紹介した。本事業は2008年のコシー川洪水の教訓をもとに、ネパールとインド間の早期警戒システム(EWS)を強化することを目的とした。

コシー川およびガンダキ川流域では、毎年数百万人が洪水の影響を受けており、ネパールでは約15.6万人、インドでは1,000万人以上に被害が及んでいる。気候変動と氷河融解の加速により下流の洪水は激化し、生活やインフラに深刻な被害をもたらしている。二国間協定や枠組みは存在するものの、データ共有の遅延が警報伝達を妨げ、地域住民への情報到達が遅れる課題があった。

このギャップを埋めるため、プロジェクトでは越境コミュニティ主導型の早期警戒システムを試行。ネパールとインドの国境を越えて上流・下流の住民を直接つなぐことで、情報伝達時間を従来の48時間から24時間に短縮した。両国に「市民フォーラム」を設置し、住民が雨量計や水位計の操作を学び、SMSによる洪水警報を発信できる体制を整備。定期的な訓練やシミュレーションを通じ、両国間の信頼と協調の強化にもつなげた。

また、カトマンズとデリーでのワークショップを通じ、災害当局や関係機関と政策教訓を共有。最終報告書「Transboundary Early Warning System in Nepal and India」では、2008年および2017年の洪水を含む事例分析に基づき、10の政策提言を提示した。その中では、標準作業手順(SOP)の改善、機関連携の強化、そして市民フォーラムの制度化による持続的な防災体制の構築が強調された。

IWMI:ヒマラヤ全域における統合水管理とリスク対応

アロク・シッカ博士(国際水管理研究所〔IWMI〕 インド・バングラデシュ代表/上級研究員)
シッカ博士は、西部・中部・東部ヒマラヤを含むヒマラヤ全域での統合水管理の重要性を強調した。上流と下流は密接に結びついており、上流域での豪雨や氷河融解が、下流域の洪水を引き起こすことも多い。たとえば、インドのビハール州では、雨が降っていないのに洪水が発生することもあるという。

こうした相互連関は課題であると同時に、農業、生態系、経済、そして地域住民の生計に新たな機会ももたらしている。雪解けや氷河後退による灌漑・航行・農業システムの変化は、地域経済とコミュニティのあり方を再構築しつつある。 IWMIはこれらに対し、水資源とリスクの統合管理に取り組んでいる。流量や水循環、気候影響を把握するための水勘定・水文モデリングを実施。たとえばガンジス流域では、地表水と地下水を統合した水文モデルを活用している。また、ビハール州では、農業助言や干ばつ監視と組み合わせたインデックス型洪水保険制度を導入し、リスク軽減と生計支援を両立させている。

さらに、IWMIは「Integrateプロジェクト」を通じて流域レジリエンス指数(CRI)を開発し、洪水・干ばつの統合的リスク管理を推進。供給面では、雨水貯留や統合貯水システム(地表水・地下水・土壌水分の統合管理)により水資源を強化。ヒマラヤの生命線である湧水の枯渇に対応し、湧水再生を主要課題としている。需要面では、ソーラー灌漑や複合的水利用システムの導入、小規模農家向けの水ガバナンス改善を進めており、IWMIが開発した太陽光灌漑ポンプ設計ツールはネパール、インド、バングラデシュで活用されている。

技術的支援に加え、IWMIはインダス知識フォーラム科学・政策対話などの地域・国際的知識プラットフォームにも積極的に参画し、米国務省を含む国際パートナーと連携している。

シッカ博士は最後に、「水・エネルギー・食料・環境の相互依存性を踏まえたネクサス型アプローチこそが、レジリエンスと持続可能性を実現する鍵である」と述べ、マルチステークホルダーの協働による統合的アプローチの重要性を強調した。

IUCN アジア: 自然に基づく解決策(NbS)と若者の参画による地域協力と気候レジリエンスの強化

ヴィシュワ・ランジャン・シンハ博士(IUCNアジア地域事務所 上級プログラムオフィサー)
HKH地域には世界35の生物多様性ホットスポットのうち4つが存在し、住民の約85%が直接依存している。また、35歳未満の若者が7,000万人を超える。博士はこのような背景のもと、NbSはレジリエンス構築の重要な切り口であり、若者の参画こそが将来の地域協力と科学・政策・外交の連携を支える鍵になると述べた。

IUCNがインド、バングラデシュ、パキスタン、ネパールの50名以上の政府関係者を対象に実施した調査によると、以下の2つが最も差し迫った懸念事項として挙げられた。

  • 集中豪雨、干ばつ、水不足の頻発化と激甚化
  • 水と食料の安全保障の密接な関係(湧水の減少と農業生産性の低下による脆弱性の拡大)

シンハ博士は、地域におけるNbSの実施を妨げる5つの主要な課題を指摘した。

 1.NbSの多面的な利点に対する理解の不足
 2.政策・制度の分断(縦割りのアプローチ)
 3.若者、農村・先住民コミュニティの関与の限定性
 4.モニタリング・評価(M&E)体制の脆弱さ
 5.持続的な資金確保の難しさ

NbSの資金は主に政府が拠出しているが、パキスタンのエコシステム復元基金、バングラデシュの気候変動信託基金、ブータンのBhutan for Life、そしてインドのCSR(企業の社会的責任)制度など、多様な資金モデルが拡大しつつある。特にインドでは2013年以降、CSRを通じた環境プロジェクト投資が倍増している。しかし多くの取り組みは依然として外部資金や公的資金に依存しており、革新的で持続可能な資金メカニズムの確立が不可欠であると指摘した。

また、NbSが誤って理解されているケースも多い。たとえば、一部の政策担当者が「河川連結プロジェクト」をNbSと誤認している例もあるという。こうしたギャップに対応するため、IUCNはNbSの理解と実装を強化する6段階の戦略フレームワークを策定した。

 1.国家・地方レベルでのNbSハブまたはタスクフォースの設立
 2.研究に基づくエビデンス主導の戦略策定
 3.パイロット事業の実施と評価
 4.グレーインフラとの費用便益比較分析
 5.資金調達・実施のための明確な運用ガイドラインの整備
 6.モニタリング、評価、知識共有メカニズムの主流化

これらの内容は、IUCNの出版物『Enhancing Water Sector Resilience through Nature-Based Solutions in South Asia*に詳しくまとめられている。

発表の締めくくりに、シンハ博士は次の問いを参加者に投げかけた。

  • NbSは生態的目標を達成するだけでなく、どのように政治的に繊細な国境を越えた信頼と協力を促進できるか?
  • 若者主導の科学外交は、従来の権力構造をどのように変革し、新しい視点をもたらすことができるか?
  • 真に包摂的な地域プラットフォームとはどのような姿か?そこでは先住知、若者のイノベーション、気候正義がどのように中心的な役割を果たすのか?

ADB: 氷河減少への対応における資金と実装の側面

デクラン・F・マギー氏アジア開発銀行〔ADB〕気候変動・持続可能な開発局 チーフエコノミスト)
マギー氏は、ヒマラヤ地域の氷河減少と、それが山岳地域のコミュニティに及ぼす影響への対応において、資金動員と事業実装の視点から発表を行った。2025年が国際氷河保全年(International Year of Glacier Preservation)にあたることを踏まえ、ADBは氷河後退が水資源の安全保障、生計、地域の安定に与える意味を分析し、各国が効果的に対応するための金融・実務メカニズムの強化に重点を置いている。

HKH諸国が氷河融解や流域管理の課題に取り組むためには、持続可能な農業、レジリエントなインフラ、気候適応型の開発経路への多大な投資が必要であり、公的・民間の双方の資金を動員することが不可欠である。ADBは多国間開発銀行として、気候資金の仲介役を果たし、加盟国への資金とパートナーシップの橋渡しを行っている。その一例として、ADBがグリーン気候基金(GCF)と連携して実施する「Glacier to Farms」イニシアティブを挙げ、氷河保全と気候レジリエントな生計支援を結びつける試みを紹介した。

マギー氏はまた、「資金だけでは十分ではない」と強調した。資金を効果的に活用するためには、投資可能でスケールアップ可能なプロジェクトの形成が不可欠であり、科学的根拠に基づいた計画がなければ、どれほどの資金も成果に結びつかないと指摘した。

民間セクター投資についても、単なる「公的資金の補完」ではなく、戦略的かつ制度的な市場形成の一環として捉えるべきだと述べた。政府は投資環境を整備し、ADBのような開発銀行は資本市場の強化や金融商品設計を支援することで、民間資金を呼び込む役割を果たす。

最後にマギー氏は、「科学者、政策担当者、金融関係者の協働こそが成果をもたらす」と強調し、科学的エビデンスを投資可能なプロジェクトへと転換するための連携の重要性を訴えた。今回のような場は、科学的知見・政策的リーダーシップ・資金動員能力を結集し、実践的で大規模な気候レジリエントソリューションを設計・実施する上で極めて重要であると結んだ。

映像紹介:「Confluence – インダス川の物語」

パネルディスカッションに先立ち、ICIMODが制作した映像作品「Confluence(コンフルエンス)」の第一章「The Indus Story(インダス川の物語)」を紹介した。この作品は、氷河に発する川が山岳地帯から下流の活気あるコミュニティへと流れる姿を、科学、映像、そして人々の物語を通じて描いたものである。ICIMODは地域のドキュメンタリー制作者と協力し、氷河に始まり、人々の暮らしに至る「水のつながり」を視覚的に伝えることを目指している。

「Confluence」は、水がいかに私たちを結びつけているかを示し、気候行動への共感と連帯を促す試みである。インダス川の物語は、インドとパキスタンにまたがる流域における共有された脆弱性と、共通の希望を浮き彫りにしている。

ンタラクティブ・パネルディスカッション

科学・政策・実践の橋渡し(Bridging Science, Policy, and Action)

モデレーターを務めたカーン教授は、ディスカッションの冒頭で核心的な問いを投げかけた。

「科学と政策の間には、どのような壁があるのか?」

水、気候、生態系に関する科学的研究は数十年にわたり蓄積され、確かなエビデンスが存在するにもかかわらず、その知見を効果的な政策や実践につなげることはいまだに大きな課題である。カーン教授は、このギャップは単なる技術的な問題ではなく、「科学的知見が政治的・制度的プロセスとどう結びつくか」という構造的な問題であると強調した。

ローカルな成功を国の政策へつなぐ課題

IWMIのシッカ博士は、研究者であり、インド計画委員会の元政策担当者としての経験から、この課題の複雑さを指摘した。シッカ博士は、地方レベルで成功したパイロットプロジェクトの成果を、どのように全国レベルの政策にスケールアップできるかが最大の壁だと述べた。多くの研究成果は金融機関(例:NABARD)からも評価される投資可能な結果を生み出しているが、それを国全体に適用するのは容易ではない。

また、現在の研究の多くが政策ニーズと十分に結びついておらず、「開発のための研究」—すなわち政策決定者が直接活用できる実践的な研究—への転換が必要だと訴えた。さらに、研究者は特定の課題に焦点を当てがちだが、政策担当者は複数の課題が絡み合う現実に直面しており、この視点の違いを埋めるために「統合的で、政策関連性が高く、実装可能な研究」が求められると強調した。

科学を「行動」につなぐために

IUCNアジアのシンハ博士もシッカ博士の見解に賛同し、NbSと越境協力の観点から補足した。科学と政策の間に横たわる障壁の一つは、多くの科学的研究が学術的な範囲にとどまり、実践に結びついていない点だと指摘した。強い科学的根拠があっても、複数のステークホルダーが関与する流域や土地利用の現場で、行動につながる解決策として共有するのは依然として難しい。

バングラデシュの事例を挙げ、食料安全保障の向上を目的に「カモ養殖」を推進した結果、短期的には生産量が増えたものの、魚の減少や渡り鳥の生息地の破壊を引き起こした。この事例は、短期的な政策目標と長期的な生態系の持続可能性との間に生じるトレードオフを象徴している。

シンハ博士は、「科学と政策をつなぐには、流域やランドスケープレベルでの共通ビジョンの形成が不可欠」であり、そのためには利害関係者の合意と継続的な協働が必要だと強調した。

氷河・流域モデルを政策にどう活かすか(オンサイトモデレーター ICIMODフェイサル・ムイン・カメール 博士による質問)

ICIMODのChang ジャン博士は次の2点を強調した:

 1.認識の高まり:過去20年で科学者、政策担当者、市民の間で雪氷圏問題への関心は大幅に高まったが、実践的な解決策はまだ不十分。
 2.変化の加速:氷河変化の速度と規模は、これまでの予測を上回っている。例えば、従来注目されていた氷河湖決壊洪水(GLOF)に加え、最近は「氷上湖(supraglacial lake)」の形成が新たなリスクとして現れている。

さらに、「ピークウォーター」の概念を見直す必要があり、1.5℃上昇を超えた現在、温暖化オーバーシュートの下での水循環変化を考慮すべきだと述べた。

ジャン博士は、「科学的知見の継続的な更新と、科学者と政策担当者の協働促進、そして科学を行動に移すためのプラットフォーム構築」が急務であると強調した。

IWMIのシッカ博士も補足し、「流域モデルは多くの国で行われているが、多くは学術的な範囲にとどまっている。重要なのは、モデル結果を政策決定に直結する“管理ツール”に転換することだ」と述べた。

自然に基づく越境リスク削減

ADPCのバスナヤケ博士は、NbSが、上流・下流の双方に利益をもたらす費用対効果の高い協働的アプローチであると説明した。森林、湿地、氾濫原の再生によって洪水や侵食、堆積リスクを軽減し、流域国間のデータ共有と信頼構築を促進している。NbSは、従来のハードインフラを補完または代替する形で、越境的な気候・災害リスク管理の実践的手法を提供している。

会場からの質問

時間の制約上、3つの質問のうち、1のみの回答となった。

 1.世代間の知識共有:伝統的知恵と科学的モデルをどう統合すべきか?
 2.早期警戒システム(EWS):多くのEWSが開発されているのに被害が減らないのはなぜか?
 3.科学と政策の連携:科学的エビデンスを政策に反映させる効果的な戦略は何か?

IUCN アジアのシンハ博士は「世代間の対話を強化し、地域フォーラムや共同学習の場を通じてHKH地域ならではの知見と科学を結びつけることが重要」と述べた。これにより、地域のレジリエンスが高まり、科学的知見に地元の知恵が加わると説明した。

まとめ(カーン教授)

カーン教授は議論を総括し、次のように強調した:

  • 氷河モデル、流域管理、災害リスク削減、NbS、資金動員をつなぐには複雑な連携が必要。
  • 未解決の課題として、「科学の即応性」「実践的解決策の開発」「資金の動員」「公平性と世代間知識の統合」が挙げられる。

これらの課題は技術的なものだけではなく。人々の暮らしそのものに関わる問題今こそ、包摂的で、科学的根拠に基づく、そして協働的な行動が求められている

メンバー集合写真(筆者はステージ右から2番目)

(報告者:チーフ・マネージャー 朝山由美子)

お使いのブラウザーはこのサイトの表示に対応していません。
より安全な最新のブラウザーをご利用ください。