‐アジア・太平洋水と都市開発フォーラム2025(AWUF2025)-
アジア開発銀行(ADB)の主要知識共有イベント「アジア・太平洋水と都市開発フォーラム2025(AWUF2025)」が、2025年5月28日〜30日、フィリピン・マニラのADB本部で開催されました。
今回のフォーラムでは、アジア太平洋地域内外の実務者、政策立案者、専門家約600名が一堂に会し、水と都市開発に関する喫緊の課題について知見やイノベーションを共有。対面形式での開催により、活発な議論とネットワーキングが行われました。
セッション:「アジアの食の未来:水・食料ネクサスの再構築」
APWF事務局(日本水フォーラム)は、ADB農業・食料・農村開発セクター(AFNR)が5月29日に主催したセッション「アジアの食の未来:水・食料ネクサスの再構築」を後援しました。AFNRは2030年までに本分野への400億ドルの投資を目指しており、本セッションでは、4月30日の「プラネットアクア:ジェレミー・リフキン氏を交えたAPWFウェビナー」での議論を発展させ、水と食を巡る新たな課題と未来の解決策の議論に焦点が当てられました。
アジアが直面する課題
アジア太平洋地域は、世界人口の50%以上を抱えながら、利用可能な再生可能淡水資源は世界のわずか28%、耕地面積も30%にとどまっています。さらに、この地域の土地の75%以上がすでに水ストレスに直面しています。私たちの文化的主食である米は、灌漑用水の40%を消費し、世界のメタン排出量の約10%を占めています。
食料安全保障は現在、水ストレス、気候変動、生態系の脆弱性と密接に絡み合い、深刻な課題となっています。本セッションでは、この不均衡に正面から向き合い、アジア太平洋地域の農業・食料システムを、水に賢く、自然を活かし、強靭性(レジリエンス)を重視するアプローチでいかに変革できるかを議論しました。
セッションの目的
- 水のレジリエンスを軸とした革新的な実践と政策の紹介
- 「水を制御する農業」から「水を協調的に活用する農業」への転換
- 「資源を消費する農業」から「生態学的限界を尊重し、水の持続可能性と文化の再生を基盤としたシステム思考」へのパラダイム転換
- 自然資本会計、中小企業の参画、デジタル技術を活用した新たな資金調達とガバナンスの提案
セッションハイライト
■基調講演:沖 大幹 教授(東京大学総長特別参与 工学系研究科 教授)
沖教授は「水・食料・レジリエンス」の進化を気候変動と人口増加の文脈で解説し、次の重要なメッセージを共有しました。
主なメッセージ
1. 過去の成功は未来を保証しない
アジアは「緑の革命」で食料供給量を拡大したが、気候変動下では従来の方法に限界がある。
2. 飢饉はガバナンスの問題でもある
飢饉の多くは政策失敗や社会不安によって引き起こされている。
3. 気候変動が農業レジリエンスを脅かす
干ばつや猛暑が収穫量を国家規模で平均9〜10%減少させるリスクがある。
4. 地域ごとの適応が必要
作物別・地域別の影響を見据えたきめ細かい適応戦略が不可欠。
5. 「不足」より「格差」が課題
食料価格が低下しても、家庭単位の食料安全保障は所得や購買力に左右される。沖教授は「アジアの未来の食料安全保障には『もっと作る』から『賢く管理する』への発想転換が不可欠だ」と強調しました。
■パネルディスカッション:「制御から協調へ:水・食・自然ネクサスの実践」
各パネリストからの提言
1. 水は単なるインプットではなく、「価値体系」である
水は文化的、生態学的、経済的に固有の価値を持つ。農業における水の役割は、単なる価格モデルを超えて、地域の知識、精神的意義、生態系サービスを包含すべき。炭素の価格付けと同様に、水の価値評価も地域に根ざし、社会に埋め込まれ、法的に認識されなければならない。たとえば、マレーシアが稲作における共同体による水管理を正式に認めている事例は、未来への道筋を示している。2. 流域から「食の大地」へ:システム統合
食料安全保障は、生態系の安全保障も含めて再定義されるべき。健全な河川、森林、土壌は人々を養うための前提条件であるにもかかわらず、これらは長らく農業投資計画から除外されてきた。スリランカの階層的灌漑システムは、上流の流域回復と下流の公平かつ効率的な灌漑の統合がいかに機能するかを示している。3. レジリエンスに向けたイノベーション:技術・資金・ガバナンス
・ アルメニアでは、灌漑システムの近代化、気候変動に強い作物の開発、地域規模の貯水池への投資を通じて、気候極端事象に対応する地域主導の革新が進められている。
・ ADBの自然資本アプローチや生態系サービスへの支払い制度は、上流域の土地管理者と下流域の水利用者のインセンティブを調整する再現可能なモデル。
・ アジア全域で、水に配慮した中小企業のアグリビジネスへの資金供給、気候レジリエントなインフラ整備、自然にポジティブなアプローチを国の食料政策に組み込むことが喫緊の課題となっている。4. 食と水の連関は、グローバルな安全保障のカギである
世界で7億3,300万人が飢餓に直面し、同数規模の人々が水ストレス地域で暮らしているが、しばしば、それは同じ地域に暮らす人々である。食料の「供給量」だけでは不十分であり、安定した食料生産には、安全かつ持続可能な水へのアクセスが不可欠である。水の安全保障への投資は、食料のみならず、人々の健康、生態系、地域の平和の土台である。
■今後に向けて:
本セッションのまとめとして、以下のようなシステム的かつ統合的な転換の緊急性が強調された:
- 「セクター」から「システム」へ
- 「短期の収量」から「長期のレジリエンス」へ
- 「断片的な投資」から「ランドスケープ単位の一体的計画」へ
この成功の鍵を握るのは、政府、地域コミュニティ、科学者、中小企業、開発パートナーなど、多様な関係者の協働である。ADBが投資を拡大する今こそ、アジアの水と食の安全な未来を共創する絶好の機会である。
今こそ、私たちは「ブルー・ディール」を真剣に考える時である。これは、私たちの食料システムを支える根幹である水の管理を、抜本的に見直す壮大な挑戦である。具体的には、川の上流と下流、農業と河川の健全性を切り離さず、互いの利益を調和させること。そして、川を単なる水路ではなく、災害や気候変動に立ち向かうための生命線となる重要なインフラとして捉え、その価値を最大限に引き出していくことが、私たちの未来を切り拓く鍵となる。
アジアの食の未来を持続可能にするためには、まず「水」から始めなければならない。水を単なる資源としてではなく、生命、経済、そして文化を支える基盤として再認識することが必要である。この課題は、技術や資金だけでは解決できない、人間と自然との深い関わりに根ざしている。今こそ、行動の時である。

プログラム
モデレーター:チャンファ・ウー 氏(APWF執行審議会議長) ■セッションの概要紹介: ジャン・チンフォン 氏(Mr. Qingfeng Zhang) ■基調講演: 東京大学 沖 大幹 教授 ■パネルディスカッション: モデレーター:チャンファ・ウー 氏(APWF執行審議会議長) ・ ナジク・ジャズマチャン 氏(Ms. Nazik Jzmachyan) ■質疑応答: ■閉会挨拶: フランシスカ・クレオ・カワワキ 氏(Ms. F. Cleo Kawawaki) |
(報告者:チーフ・マネージャー 朝山由美子)