開催報告
2025年国際氷河保全年(IYGP)の一環として、アジア・太平洋水フォーラム(APWF)事務局(日本水フォーラム)は、5月29日にタジキスタン・ドゥシャンベで開催された氷河保全に関するハイレベル会合の公式サイドイベントを共催しました。
本イベント「ヒンドゥークシュ・ヒマラヤ(HKH)地域における氷河保全と越境水資源のレジリエンスに向けた科学外交」は、IYGPタスクフォース2の以下のメンバーとの連携により、タジキスタン国立図書館会議室とオンラインのハイブリッド形式で実現しました。
- 国際山岳開発センター(ICIMOD)
- 国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)
- クリーン・エア・ファンド(CAF)
- UNESCOチェア「山岳地域における水の持続可能性」
- スモール・アース・ネパール(SEN)
「第三の極」が直面する喫緊の課題
「第三の極」と呼ばれるヒンドゥークシュ・ヒマラヤ(HKH)地域には、アジアの生命線となる5万4,000以上の氷河が存在しています。しかし、気候変動の進行により、氷河の融解と氷河湖決壊洪水(GLOF)のリスクが急速に高まり、水・食料・エネルギー・生態系に深刻な影響を及ぼしています。
科学外交を通じた地域協力の推進
複雑な国境を越える水リスクに、単一の国で対応することはできません。水・食料・エネルギー・生態系を統合的に捉えるシステムアプローチは、地域のレジリエンス(強靭性)と平和を実現するために不可欠です。これを進めるには、科学と政策の強固な連携、オープンデータの活用、HKH地域の山岳の環境を基盤とした解決策、そして包摂的な対話の場の構築が求められます。
科学外交は、分断を乗り越え、政策の連携を促し、共同研究と協調行動を可能にする重要な鍵です。これは、HKH地域の強靭で持続可能な未来に向けた、証拠に基づく協力的な解決策を支える不可欠な手段でもあります。
本セッションでは、科学外交の重要性を改めて確認するとともに、HKH地域の持続可能で協調的な未来に向けた協力のあり方について活発に議論しました。
以下に、スピーカーの主な発言と議論のポイントをまとめます。
開会挨拶
・ESCAPのアンスマン・ヴァルマ氏は、氷河保全を推進する強固なパートナーシップの重要性を強調し、科学外交が気候変動対策の鍵であることを訴えました。特に、ESCAP第81回会合で採択されたタジキスタン主導の氷河保全に関する新たな決議は、重要な一歩として紹介されました。
・APWF副議長・ユネスコ東アジア地域事務所長のシャバス・カーン教授は、氷河はアジア20億人の生命線であり、氷河融解や季節流量の変化が「新たな常態」となりつつある現状に強い危機感を表明しました。また、科学外交を通じた信頼構築、地域協力、若者や先住民族の積極的な参画の重要性を訴えました。
ICIMODのイザベラ・コジエル副事務局長による基調講演: HKH地域の科学外交と地域協力の具体的な動き
・HKH地域が地球平均の約2倍の速度で温暖化していることを指摘し、氷河融解による多重災害リスクの深刻化に警鐘を鳴らしました。課題に対処するため、ICIMODは、インダス川、ブラマプトラ川、ガンジス川の流域において、科学外交を基盤とした協力ネットワークを推進しています。
・コジエル氏は、今後の優先事項として、氷河モニタリングと早期警報への投資、地域協力の深化、学際的研究の推進、次世代リーダーの育成を挙げ、氷河保全は科学的課題であると同時に、道徳的責任でもあると強調しました。
パネルディスカッションの主なポイント
パネルには6名の専門家が登壇し、氷河融解の影響、ブラックカーボンの影響、科学知に地域知を融合した取り組み・地域協力の重要性などについて意見交換が行われました。
・タジキスタン科学アカデミーのムロドフ・ムロドフジャ氏は、中央アジアの河川流量の約80%が氷河融解に依存している現状を挙げ、氷河の継続的なモニタリング強化や国境を越えた協力体制の推進を訴えました。
・ICIMODのチャン・チャンゴン氏は、山岳地域における氷河後退が国境を越える課題であるとし、科学的モニタリングの標準化、研究能力強化、データ・技術共有を通じたICIMODの地域協力モデルの重要性を強調しました。
・クリーン・エア基金のサンプリティ・ムカジー氏は、ブラックカーボンが氷河融解を加速させる主要因であると指摘。科学的モニタリングの強化、規制的対応、コミュニティ主導の解決策、そして科学外交を通じた大気浄化と氷圏保全の統合アジェンダの推進を提案しました。
・インド工科大学グワハティ校のアナミカ・バルア教授は、「第三極」における政治的に敏感な河川流域での信頼構築と協力促進において、科学外交の重要性を強調。共同の科学的研究は、水に関する条約の形成、紛争解決の支援、そして証拠に基づく共通理解の促進に貢献する。学術機関の役割は、地域の水資源ガバナンスに資する中立的で透明性のあるデータを提供することです。バルア教授は、現在、将来的に締結が期待されるガンジス川条約に焦点を当て、氷河融解が水利用可能量に与える長期的影響を評価する研究が進めています。この研究は、バングラデシュとインドといった国々の公平で将来を見据えた交渉を支援することを目的としています。
・市民社会気候変動連合のアイシャ・カーン氏は、山岳コミュニティの地域知と伝統的な知恵の重要性を強調。科学的知見を地域の文化や信仰に根ざした形で提示し、住民レベルの交流を促す「人中心の外交アプローチ」の必要性を訴えました。
・スモール・アース・ネパールのスサ・マナンダール氏(ユース代表)は、若者が科学と地域社会、政策の架け橋となる重要な役割を担うとし、若者のデジタル接続力と世界的な意識が変革を促す力となることを強調。世代間の協働と、若者の政策プロセスへの初期段階からの参画を求めました。
・ICIMODのファイサル・カマール博士(オンライン共同モデレーター)は、パネルディスカッションの締めくくりとして、パネリストたちが共有した数々の重要なメッセージを振り返り、科学、信頼、そして包摂性に基づいた地域全体での共同行動の緊急性を強調しました。
閉会挨拶: 行動への呼びかけ
APWFのシャバス・カーン氏による閉会挨拶では、HKH地域における氷圏に関する知識と協力推進に向けた以下の5つの主要な提言が示されました。
- 氷圏知識・行動プラットフォームの設立
- 流域レベルの科学・政策対話と外交の促進
- 地域科学外交フォーラムの制度化
- 氷圏のレジリエンスと自然を基盤とした解決策への投資拡大
- 若者と地域コミュニティを「担い手」として支援
見逃し配信はこちらからご視聴いただけます(YouTube)。
(報告者:チーフ・マネージャー 朝山由美子)