「Planet Aqua: 宇宙における私たちの住まいを再考する」―ジェレミー・リフキン氏と沖大幹教授等を交えた第15回APWFウェビナーの開催報告—

アジア・太平洋水フォーラム(APWF)は、第15回ウェビナーを開催し、基調講演にジェレミー・リフキン氏を迎えました。パネルディスカッションには、東京大学教授で日本水フォーラム副会長の沖大幹教授、UNESCO東アジア地域局長でAPWF執行審議会副議長のシャバズ・カーン博士、アジア開発銀行(ADB)農業・食料・自然・農村開発セクターグループ上級ディレクターのチンフェン・チャン博士の3名の専門家に参加をして頂きました。ディスカッションのモデレーターは、APWF執行審議会議長のチャンファ・ウー氏に務めて頂きました。

本ウェビナーは、リフキン氏の最新刊『Planet Aqua: Rethinking Our Home in the Universe(プラネット・アクア:宇宙における私たちの住まいを再考する)』の紹介を目的として開催されました。この書籍は、2024年9月に全世界の主要言語で出版されました。ウェビナーでは、同氏の先見的なアイデアがアジア・太平洋地域においてどのように適用可能かについても議論が交わされました。

リフキン氏は基調講演で、「Planet Aqua(プラネット・アクア)」という自身のコンセプトを紹介し、地球を「陸の惑星」として捉える従来の視点から、その本質を「水の惑星」として再認識するパラダイムシフトの必要性を訴えました。彼は、水関連災害の激化が、私たちの「制御」に基づくアプローチの限界を露呈していると指摘し、聖なる水圏と共生することを中心に据えた「ブルー・ディール(Blue Deal)」を提唱しました。

これは、水を搾取すべき資源ではなく、尊重され守られるべき生命の源と捉え直すビジョンであり、人間が水圏に適応するという新たな視点に基づくものです。この視座の転換が、科学、政策、教育、インフラといったあらゆる分野に変革をもたらす可能性があると述べました。

さらに、リフキン氏は、通信・エネルギー・移動手段・水・居住空間といった技術分野の融合による「第三次産業革命」を、水を中心に据えた視点で推進すべきと主張しました。分散型の「水インターネット」マイクログリッドや、水消費を削減する再生可能エネルギーの活用、水に適合したレジリエントなコミュニティの構築などがその一例として挙げられました。

また、デジタル・データ産業の水資源への負荷の大きさを警告し、AIを含むシステムは資源意識を高める方向で活用すべきだと述べました。加えて、グローバル化から「グローカリゼーション(グローバルとローカルの融合)」への移行や、中央集権型から分散型への変化が求められており、公平性と生態系のレジリエンスが今後の鍵であると強調しました。

基調講演後には、沖教授、カーン博士、チャン博士によるパネルディスカッションが行われました。パネリストたちもリフキン氏の問題提起に強く共鳴しました。

沖大幹教授は、ジェレミー・リフキン氏の先見的な「ブルー・ディール」構想と、地球の脆弱性に対する深い理解を高く評価しました。教授は、日本の「水循環基本計画」における近年の変化について紹介し、気候変動による水災害の激化に対応するために、高リスク地域からの住民移転など、ライフスタイルの転換が必要であるという認識が高まっていることを強調しました。そして、「すべての人による、すべての人のための、すべての人による管理」という理念に基づいた、自然・インフラ・人間を統合する水ガバナンスの重要性を訴えました。

これに対しリフキン氏は、優れた水利インフラ設計の必要性を認めつつも、水を「制御すべき資源」としてではなく、「命の源」として捉え直す必要性を強調しました。彼は日本の天皇陛下による水に関する学識や、アジア太平洋地域に根付く精神的・哲学的伝統を引用し、議論に文化的な深みを加えました。また、歴史的に水は「命を育む存在」として女性たちに認識されていたにもかかわらず、男性中心の都市型水利文明によって「制御と搾取の対象」へと認識が変化したという、ジェンダーの視点からの変遷を指摘しました。そのうえで、水ガバナンスにおける女性の参画強化と、男性・女性それぞれの視点を融合させた水の理解と管理の重要性を訴えました。そして、アジアこそが、より包括的かつ全体論的な水の文化的転換を世界に先駆けて主導できると提言しました。

カーン教授は、リフキン氏の「プラネット・アクア」ビジョンを称賛し、水の支配から共存への転換という呼びかけが、自然との調和を重視するアジア太平洋地域の価値観と一致すると述べました。彼はこのメッセージをユネスコの「持続可能な開発のための教育(ESD)」アジェンダや、日本が主導する気候変動教育の推進と関連づけました。さらに、ユネスコの加盟校ネットワークASPnet(Associated Schools Network)や生物圏保護区などのネットワークを活用し、プラネット・アクアの原則を教育カリキュラムや若者の参画活動に取り入れることを提案しました。

リフキン氏は、水を資源ではなく「生命の力」として捉え直すことの重要性を改めて強調し、経験とつながりを重視する「アブダクティブ・サイエンス(仮説的推論に基づく科学)」の推進を提唱しました。また、博物館を没入型の学びの場に変革することや、日本の「森林浴」のような実践を通じて人々と自然の再接続を促すことの意義を語りました。

アジア開発銀行のチンフェン・チャン博士は、アジアの人口増加と限られた淡水・農地資源の中で、水と食料の不安定性が高まっていると警鐘を鳴らしました。博士は、河川を単なるインフラではなく「生きた生態系」として捉え、流域単位の統合的なガバナンスを進める「ブルー・ディール」への体系的転換の必要性を訴えました。AIやデジタル技術の可能性を認めながらも、水を生命の根源として再評価し、文化的・政治的変革によって食料システムを生態系の限界と調和させることが不可欠だと述べました。 さらにチャン博士は、アジア太平洋水フォーラム(APWF)の名称を「ブルー・プラネット・フォーラム」へと刷新し、この包括的なビジョンを反映させることを提案しました。また、一部の国々が生態系の限界を超えて「食料自給」に戻る傾向があることに懸念を示しました。

これに対し、リフキン氏は「水・エネルギー・食料のネクサス(相互連環)」を強調し、プラネット・アクアの視点から、貯蔵が難しく水の使用量が少ない根菜類の導入を通じて、食生活の多様化と地域に根ざした持続可能な都市システムの構築を提案しました。これは、エリノア・オストロムが提唱した持続可能な共同体の原則にも通じます。

チャン博士は、アジアにおける水資源依存度の高い米への依存がもたらすリスクを指摘し、持続可能な米生産と水管理に向けた地域協力の強化を訴えました。

最後に、沖教授は、「災害は避けられないもの」とする従来の見方から脱却し、水循環と調和する「ブルー・グリーン・ディール」の実現に向けた意識改革の必要性を強調しました。

リフキン氏は「生命中心的な世界観(biocentric worldview)」とユーラシアを結ぶ「プラネット・アクア」のビジョンを掲げ、没入型の教育、若者のエンパワーメント、地域に根ざした協力を通じて、生命と水のバランスを取り戻す重要性を強調しました。彼は、アジア太平洋水フォーラムがこのグローバルな変革の触媒となることを期待しました。

ウェビナーの録画はYouTubeでご視聴いただけます。

(報告者:チーフ・マネージャー 朝山由美子)

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