ストックホルム世界水週間2022・NoWNETによる「健全な流域管理と気候アクションに対する自然を基盤とした解決策」セッションの開催報告

 8月25日 ヨーロッパ中央時間13時(日本時間20時)からノーザンウォーターネットワーク(NoWNET)のメンバー機関と共催(*)したセッションでは、気候変動対策・水災害を軽減していく際の自然を活かした解決策(NBS)の価値に焦点を当てました。デンマーク、フィンランド、フランス、スイス、オランダ、日本、韓国における水源から海までの流域レベルで気候変動緩和・適応策を行っていく際に、自然を活かした解決策をうまく活用した実践例と教訓を紹介しました。また、パネルディスカッションでは、トレードオフの課題を克服し、技術、ガバナンス、資金調達を通じて、水災害リスク対策を行っていく中でNBSをどのようにスケールアップできるかを議論しました。

 韓国の公州(Kongiu) 国立大学土木環境工学科 Lee-Hyung Kim教授は、「河川流域の洪水リスク管理に対するNBSの適用、及び、NBSに対する協働とファイナンスのパラダイムシフト」と題した発表を行いました。第1に、韓国における過去47年間の土地利用変容、韓国の洪水制御計画の設計ガイドラインを紹介しました。また、韓国で過去12年間に発生した洪水、とりわけ、2022年8月に発生したソウル、及び南原市で発生した洪水被害について説明し、流域や河川インフラ設計基準を再強化するだけではコスト効率がよくなく、自然環境の特性を基盤とした解決策を取り入れた雨量管理を合わせて行うべきと強調しました。第2に、都市開発・設計において、低影響開発(LID)による都市型洪水管理手法と自然環境の特性を生かしたグリーンインフラの普及事例として、韓国における雨どいパイプメンテナンス事業とLIDを結びつけた取り組みの有効性とコスト効率の良さを複数の分析データを用いて説明をしました。また、自然の特性を生かしたLIDによる流域の排水量削減効果、汚染物質除去、及び、汚染物質流出削減効果、LIDを用いた地下水涵養の効果、CO2削減効果について韓国・全州市で取り入れた分析結果を用いて提示しました。さらに、細流域の氾濫対策として、自然の特性を生かした解決策を導入した対策効果をチュンチョン南道での適用事例を用いて説明しました。

 発表の最後に、Kim博士は、2019年から今日における韓国の水分野におけるNBSを取り入れた政策・計画を紹介しました。

2019年:第3次気候変動適応策(2021~2025)(関係省庁と共同で策定)
2020年: 河川の自然再生計画(パラダイムチェンジ)
2021年:第1次国家水管理基本計画(2021~2030)- 水循環、気候変動、水利用
2022年:第1次流域水管理総合計画(2022~2030)

  • 水利用、水安全、水環境、水生生態、気候変動、水資源等
  • NBSへの資金動員
    • 地域河川整備事業に係る国庫負担金の地方財政への繰り入れ
    • NBSと水管理、気候変動への適応を連動させ、政府資金の活用を図る
    • 都市型洪水軽減に向け、自治体におけるLID条例の制定・小規模開発事業への民間資源の活用
    • 環境影響評価を行う水管理事業において、NBSの適用義務化による国・自治体の資源活用

 水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)の松木洋忠研究グループ長は、自然を基盤とした解決策として、日本の伝統的な河川工法の説明を行いました。第1に、「水を以て水を防ぐ」という諺に触れ、1896年に制定された旧河川法、1964年に治水に加え、水利用の制御について規定した改正河川法、及び、1991年より着手された多自然川づくり事業の後、河川環境の整備と保全を位置付けた1997年の改正河川法の目的を紹介しました。また、改正河川法を踏まえ、2016年、国土交通省は、調査・計画・設計・施工・維持管理とすべての工程において「多自然川づくり事業」をすべての河川管理の基本として指示していることも共有しました。 最後に、松木氏は、自然を基盤とした解決策がより持続可能となるためには、河川の自然の営力や生態系の水文的ダイナミズム、工学に文化や人々の参加を取り入れた質の高いインフラ、その地域で利用できる資材や技術力の活用、そして、お手頃価格で実施する恒常的な維持管理が必要であると強調しました。

 オランダ・One Architecture and Urbanism の設立主導者、Matthijs Bouw氏は、オランダのエコ・シェイプ・Building with Nature事業の説明を行い、インドネシア・ジャバの北海岸Demakでの適用事例を紹介しました。 エコ・シェイプは、オランダの法律に基づいて設立された財団で、研究機関やエンジニア等から成り立つネットワークメンバーが、Building with Natureというコンセプトのもと、洪水、持続可能な港湾開発、生態系の回復など、水関連インフラに自然を基盤とした解決策を取り入れるデザインアプローチを用いて事業を行っています。Demakの海岸は地盤沈下、及び、海面上昇の脅威にさらされています。乱開発により、この地域を守っていたマングローブの多くが破壊され、伝統的なコンクリート製の水害対策施設は自然の力で崩壊されつつありました。この海岸に30kmにわたりマングローブベルトを形成するために、竹垣を作り、土砂を捕捉し、新しいマングローブが産卵する場所を作りました。プロジェクトのモニタリングの中で、漁獲高がすでに2倍以上になっていることがわかりました。プロジェクトでは、地元の村人たちと一緒になって、竹垣の組み立てを指導し、経済的な利益を享受できるようにしたのです。 地元住民は今や、プロジェクトを自ら実施・維持し、そのパフォーマンスを監視するスチュワードとしての能力を備えているのです。この事業は、Demakの260 コミュニティメンバー、5研究機関、 NGO3機関、3民間企業パートナー、インドネシア政府2機関(公共事業・国民住宅省、海洋水産省)、イノベーションネットワーク1機関で実施され、それぞれの役割も共有しました。 Bouw氏は、インドネシアで実施した事業から得られた教訓として、気候変動に対して強靭な開発を実現するために必要なこととして次のことを強調しました。

  • 将来の不確実性に対処するための自然のダイナミズムの活用
  • 積極的かつ早期のステークホルダーの関与
  • 広範な便益の活用
  • 複数の資金調達の流れを認識し、活用する
  • 政治的な意思と組織的な協力
  • やってみることで学ぶ:パイロットを通じた経験の蓄積

 最後に、Bouw氏は、エコ・シャイプによる Building with Nature Asia事業は、インドネシアのほか、マレーシア、フィリピン、中国、インドの複数都市で、3000万人以上の方々に便益が行き渡るよう気候に対して強靭なランドスケープづくりを手掛けていることを共有し、事業で用いた手法、適用プロセス、及び、その成果、経済・社会的便益等をイラストともに本にまとめて出版をしていることを共有しました。

 スイス・Eswagの都市水環境学科の研究科学者のPeter Bach博士は、自然を基盤とした解決策(NBS)を建築デザインに取り入れ、かつ、住宅を洪水被害から守る方法についてをベルンの小開発事例を通じて紹介しました。教訓として、次のことを発信しました。

  • 建築デザイン – 計画の基本的な成果を形成するカギとなるもの
  • 学際的な対話 – データと計算機による解析のサポート
  • エビデンスに基づく支援 – 研究から実践への橋渡し

 Bach博士は、官民の相互連携を通じて、都市が費用対効果の高い持続可能な選択肢を求める機会が増えたことを共有しました。気候変化に対する適応の力と生態系サービスを提供するNBSの可能性を最大限に活用するためには、早期より学際的な取り組みを取り入れていくことの必要性を強調しました。

 同じくスイス・チューリッヒ応用科学大学のプロジェクト研究者のLaila Lüthi氏は、特に利用者の経験に焦点を当てた、居住用建物におけるNBSの技術的、及び、概念的な実装と題した発表を行いました。第1に、この事業で適用しているNBSの定義は、国際水協会(IWA)から2020年に出版された「Blue-Green System」で提示れされている「都市生物圏の滋養と資源を管理するNBSを実施することで、レジリエントで持続可能で健全な都市環境を導く循環型フローシステム」であることを言及し、チューリッヒの気候変化に対して強靭で、資源効率の高い建築物(KREIS-Haus)や、アパートメントビルのFELZ Zweiにおいて、水・エネルギー・資源循環と効率にも配慮した建物の設計デザイン、及び、技術的手法を紹介しました。 そして、実際にNBSを採用した建物の住人に調査をしたところ、79%の住人が、自分たちで雨水をして淡水に変える処理をしている、82%の住人がお風呂や台所からでた排水を処理して、庭の水やりに再利用している、74%の住人が再生水利用による健康リスクは気にしていない、ということが分かったことを共有しました。結論として、居住用建物にNBSを採用していくことは技術的にも可能であるが、社会的に許容されるようになるためには依然として課題があることに言及しました。スイスでは、居住用建物にNBSを採用することについてまだ明確な政策枠組みがなく、支援が充実していないことから、さらなる研究開発、及び、政府の対応が期待されると述べました。

 フランスの気候適応において、自然を基盤とした解決策を実施するARTISANヨーロッパプロジェクトのコーディネーターを務めているMathilde Loury氏は、「気候変動の視点から、NBSは洪水や渇水をどうやって減らすことができるか」と題した発表を行いました。冒頭、フランスにおける水資源と水関連気候リスクへの影響、及び、気候変動と生物多様性損失による国土への影響について言及し、フランスの国家適応計画とLifeARTISANプロジェクトの説明を行いました。このプロジェクトは、IUCNのNBS定義を採用していることについて触れ、気候変動への適応策にNBSを幅広く活用する状況を創造することで、地域レベルでNBSを実施すること、そのために、国家と地方の利害関係者ネットワークを構築し、知見の収集や事業実施に役立つ資源やツールを開発することを目的としていると説明しました。続いて、フランスの流域スケールでNBSを適用するARTISANプロジェクトの紹介を行いました。 水管理資源事業においてNBSを主流化することの課題として、例えば、科学的モニタリングやプロジェクトオーナーの支援や、経済セクターでの普及啓発支援等、流域空間計画、ガバナンス等いくつかあげられるが、これらの課題に対処するために、ARTISANプロジェクトでは、利害関係者間で科学・社会的視点からの対話の機会を設けたり、各地域の特徴に合わせたNBS導入のデザイン支援、地域への資金提供支援上流・下流の利害関係者間の対話の支援を行っていることを共有しました。結論として、次のことを強調しました。

  • 気候変動と生物多様性対策の両立実施
  • NBS vs グレーインフラに関する議論のパラダイムシフト(リスクから脆弱性へ、さらに人間と生物多様性のコベネフィットへ)
  • 流域スケールでの事業実施(上流と下流の連帯感)
  • 1つのハザード(例:洪水)に対して、異なるNBSを適切に組み合わせていくことの必要性
  • NBSは技術的な解決策だけでなく、上流と下流の利害関係者の協調を必要とするプロジェクトである。

 デンマーク工科大学のKarsten Arnbjerg-Nielsen 教授は、NBSの特徴、認識、評価の相互関連性の評価に関する発表を行いました。冒頭、デンマークの農村部の写真を2枚見せて、このエリアにNBSを適用することでどういう価値を見出し、どういう評価を行うかという議題を提示しました。 そして、議題に答えるために、人口密度、旅行距離、サイズの視点から行った支払い意欲に関する統計メタ調査分析結果を紹介しました。そして、大きな不確実性に対処するためには、各地域における違いをより一層把握し、その場所の価値づけを行っている人々のことをもっと知る必要があると述べました。例えば、NBSに高価値を示している人々の特徴として、高齢者、もしくは家庭に子供がいる方々、高収入で、高級地に住んでいる、NBSの適用場所から近いこと、自然による恩恵が好きな方々であることを提示しました。Arnbjerg-Nielsen 教授は、以前と比べて不確実性の度合いは小さくなってきているが、各々の倫理観に関する情報をどう事業に反映させるか、これら情報を意思決定過程への反映手法としてどうやって確立させるか、依然として議論が必要であると言及しました。

フィンランドの天然資源気候(LUKE)の主席専門家のJyri Maunuksela博士は、農業用水サービスを気候変動に適応させる事業についてモロッコの事例を用いて紹介しました。Maunuksela博士の研究グループは、半乾燥気候の中で、森林によるCO2吸収を最大化することを目的に、マラケッシュ地方のRehama Ben Guerir市で、地元の大学とエネルギー会社からの協力を得て、アカシア、イナゴマメ、ユーカリ、モリンガ、ピスタキア、パウロニア、松を、2か所のサイト・3ヘクタール、8000本の苗を3年間計測してきました。計測では、土壌保水性を高めるためにピート農場で、土壌炭素量を追加し、 点滴灌漑、タンク灌漑、灌漑なしの場合で実験を行いました。

 計測の結果、次のことが分かったことを共有しました。

  • 水を多く撒いたところではより成長が見られ、効果が得られたこと、
  • 土壌炭素量を追加したところでは、樹木の生長に記録的効果が得られたこと、
  • 成長の早い外来種が最も多くバイオマスを生産したこと(例:ユーカリは乾燥条件下でも安定)、
  • 地元の植物は灌漑なしでも最も安定していたこと
  • 持続可能で安全な水源は要な要素である
  • 緑化は洪水被害を抑える機能がある。

 パネルディスカッションでは、技術、ガバナンス、ファイナンスを整えることで、どうやって、NBS適用におけるトレードオフ課題を克服し、スケールアップすることができるかについて議論を行いました。

 スイスのBach博士は、NBSのデザイン提案に対し、同多様な利害関係者が参画をするかが依然として課題であると言及しました。課題に対処するためには、我々の日常生活にどう自然を取り入れることができるかを提示することが必要で、実践していくことで人々の認識を変えていく必要があると述べました。

 デンマークのArnbjerg-Nielsen 教授は、空間の使い方について適切に議論をし、意思決定者である納税者の支持を得ていくことの難しさを指摘しました。短期間に確実に利益を得ることを示すことは容易ではなく、長期的に利益を得ることができることについて、どのように伝えていくか、コミュニケーション手法を工夫する必要があると言及しました。

 ICHARMの松木研究グループ長は、日本では、流域全体で洪水制御を行っており、最近、気候変動リスクに対処するために、流域治水政策として、あらゆる利害関係者で取り組む対策を実施することにシフトしたことを共有しました。流域全体で事業に取り組むことで、NBSのトレードオフ課題は解決できると述べました。

 フランスのLoury氏は、フランスでは、土地と土地所有権がトレードオフ課題であると共有しました。流域の上流は主に農地だが、洪水対策を行うことによる河川環境回復のベネフィットは、下流域の方に多く行き渡る。オランダのBouw氏が発表の中で指摘をしたように、自然に反して暮らすのではなく、自然と共生をするという概念を人々が持てるよう、パラダイムシフトが必要であると指摘しました。

 オランダのBouw氏は、NBS事業の実施が必ず利益をもたらすようにすることについて意見を述べました。インドネシアのジャバの経験から、人々は事業の効果のモニタリングを始めたところだが、今日、多くのNBS適用事業は、依然としてパイロットフェーズである。そのため、利益をもたらすようなことを優先的に取り組み、事業を複製し、スケールアップを狙うことは困難である。我々は依然として、NBSの適用が不可欠があり、NBS事業に投資が必要であることについて働きかけをすることが必要な段階におり、このような段階において経済的観点に主眼を行うことには様々な困難を要する。科学者の支援を得て事業のモニタリンク・評価を行っていくことは重要であるが、確実に利益が出るプロジェクトを優先的に求めることは、各地方に世界的にスケールアップを行っていく際に重要な作業にはならないと反論しました。

 スイスのバッハ博士は、自然を基盤とした解決策の適用スケールと行政区画が合致するわけではないことで更なる複雑性が伴うことを指摘しました。重要なことは、事業の全体的な絵を見せ、それぞれの相互の関わりを理解することが必要で、相互理解プロセスの中で、確実に利益を得る事業につなげることができるか定量評価でき、議論を交わすことができるようになると述べました。Bach博士は、信ぴょう性を創造することができることから着手すべきであると強調しました。

 パネルディスカッションのモデレーターを務めたスウェーデン水ハウスのAnna Tengberg上級アドバイザーは、我々は何を価値づけるか次第で、確実に利益が出るプロジェクトを開発できるか判断することになるとコメントをしました。上流と下流の結びつきを見ていくことも必要で、誰がベネフィットを得て、誰が何に支払いをしないといけないかも提示していく必要があるとコメントしました。

 ステークホルダーの関わりに関するパネルディスカッションでは、オランダのBouw氏が、科学者やエンジニアに加え、デザイナーやNGOとも協働することが重要であると述べました。後者は前者とは違う視点を持っており、現場とも接点がある。プロジェクトの実施において責任あるスチュワードシップを発揮することで、地元住民に経済的便益を最大限にもたらすことができる。物理・化学的視点と社会的視点を結びつけていくことが必要だとコメントしました。

 パネルディスカッションにおいては、聴講者からの頂いた次の質問にも答えました。

  • パイロット事業を超えて、NBSの適用に必要な取り組みをスケールアップするためには、どのようなステップが必要か?
  • NBSの推進として、例えば、植林を推進しますが、モノカルチャーを作り出すリスクもはらんでいる。どうしたら環境に配慮した、またはエコなイメージを思わせる上辺だけのグリーンウォッシングを避けることができるか?

 本セッションの最後のコメントとして、モデレーターを務めたTengberg氏は、NBSは、日本のように1800年代から取り組んでいることもあれば、NBS評価を行う際の基準やインディケーターの策定のように新たな議題も含んでいる。いずれにせよ、NBSの推進には、様々な現場経験の知見・教訓を共有するなど、対話による学習が必要である。NoWNETを通じて、引き続きNBSの適用に関する知見の共有、議論を行っていきたいと述べました。 

 筆者は、NoWNETが設立されて、来年が20周年にあたるため、これまでNoWNETメンバー間で共有してきた世界各国におけるNBS事例をまとめ、NoWNETの出版物を作成することを提案しました。

*    NoWNETメンバー機関で、本セッションの共催機関: デンマーク水フォーラム、フィンランド水フォーラム、フランス水パートナーシップ、オランダ水パートナーシップ、スイス水パートナーシップ、スウェーデン水ハウス、日本水フォーラム、韓国水フォーラム、

セッションの概要詳細
https://worldwaterweek.org/event/10311-nbs-for-climate-action-with-sound-watershed-management

(報告者:朝山由美子 チーフマネージャー(国際))

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